に伯は早稲田に閑居して、唯だ客と政談を試むるを楽みとし、復た自ら出でて事を政界に見ることなし、夫れ戦場の外に居て大将軍の事を行はむとす、是れ世間決して有る可からざる道理なり※[#白ゴマ、1−3−29]進歩党の実力首領は、他日必らず議院より出現せむ※[#白ゴマ、1−3−29]復た何んぞ大隈伯の力を借るを要せむやと※[#白ゴマ、1−3−29]彼れの自ら任ずるもの洵に斯くの如し、是を以て議院の内外に於ける彼れの言動は、一に進歩党の利害得失より打算したるものを準と為し、則ち進歩党の為めに尽す所以のもの、亦随つて熱心到らざるなきを見る※[#白ゴマ、1−3−29]其今日あるを致すは豈夫れ偶然ならむや※[#白ゴマ、1−3−29]是れ彼れが成功の第三原因とす。
 然りと雖も、彼れが進歩党中最も有力の位地を得たる所以のものは、唯だ伎倆と勉強との力に是れ由るに非ずして別に之れが原因たるものあり、品性高潔にして体面を重んじ、清澹の生活を楽みて鄙劣の念なき即ち是れなり※[#白ゴマ、1−3−29]彼れ常に武士道を説く、何となれば武士は最も体面を重むずればなり※[#白ゴマ、1−3−29]彼れ又金銭を軽んじて生産を治めず、鄙吝の念或は之れと共に生ずるを恐るればなり※[#白ゴマ、1−3−29]是れ実に当世罕に見る所にして、彼れが内、政友に信任せられ外、敵党の敬憚を受くる所以のものは此れが為めなり※[#白ゴマ、1−3−29]夫れ才は得易らず、徳も亦豈得易からむや※[#白ゴマ、1−3−29]况むや黄金の魔力横行して、敗徳の政治家頻りに輩出するの今日に於てをや※[#白ゴマ、1−3−29]今日の所謂政治家は、ワルポールの所謂市価を有する動物に近し※[#白ゴマ、1−3−29]故に其為す所人身売買に異らざるものあるも、曾て自ら之れを耻とせざるのみならず※[#白ゴマ、1−3−29]又人に向ひて之を説くを意とせざるに至る※[#白ゴマ、1−3−29]此時に当り、金銭を軽んずること彼れが如く、体面を重んずること彼れが如き人物は、一党の領袖として人意を強うし、国民の代表者としては正義を担保するに足る※[#白ゴマ、1−3−29]是れ余が深く彼れを多とする所以なり※[#白ゴマ、1−3−29]余之れを聞く、西郷南洲翁の信望一代を蓋ひたるは、必ずしも翁が伎倆の大なるが為に非ずして、唯だ金銭を軽むずるの一美徳あるに由れり※[#白ゴマ、1−3−29]蓋し薩人は概して鄙吝の質あり、翁独り高挙超脱夐然として俗流に出づ※[#白ゴマ、1−3−29]是れ其能く信望を天下に博せし所以なりと。古への大政治家は、多く文臣銭を惜まざるの士なり※[#白ゴマ、1−3−29]ピツトの如き、ジスレリーの如き皆然らざる莫し※[#白ゴマ、1−3−29]学堂が身を濁世に処して、曾て公徳を破るの行為なきは、職として文臣銭を惜まざるの気象に由るのみ※[#白ゴマ、1−3−29]是れ彼れが信望の日に高きを致せる第四の原因なり。

      学堂の人物
 政治家としての学堂は、策略縦横、権変百出、能く一時の利害を制するに於て木堂に及ばず※[#白ゴマ、1−3−29]博弁宏辞、議論滔々として竭きざるは沼南に及ばず※[#白ゴマ、1−3−29]然れども志気雄邁、器識超卓、常に眼を大局に注ぎ、区々の小是非を争はずして、天下の事を以て自ら任ずるの大略あるに至ては、学堂実に一日の長ある如し※[#白ゴマ、1−3−29]余は彼れを以て未だ経国の大才なりと認むる能はず、然れども其抱負の偉大にして自信の深きは、薄志弱行の徒累々相依るの今日に於て、亦容易に得易からざるの士なり※[#白ゴマ、1−3−29]若し夫れ彼れを粗放の虚才と為すは、聊か深刻の評たるを免かれず※[#白ゴマ、1−3−29]何となれば彼れは平生大言壮語の癖ありと雖も、彼れは其実一個謹慎の天分あり、責任を重んずるの操守あり、事を苟もせざるの真面目あり、彼れの大言壮語は、、彼れが大舞台に立て大作為を試みんとするの英雄的思想より来る※[#白ゴマ、1−3−29]彼れは草※[#「くさかんむり/奔」、80−上−20]に在りと雖も、其志既に台閣に存すればなり※[#白ゴマ、1−3−29]彼れが一たび外務参事官の位置を甘むじたるは、是れ豈彼れの本心ならむや、故に彼は之を棄つること弊履の如く夫れ軽かりき。要するに彼の未来は最も多望なるものゝ一なりと謂可し。(三十年十一月)

     尾崎東京新市長

 ▲政友会を脱して、遽かに政治的孤児となつた尾崎行雄君は、棄てる神あれば助くる神ありで、同情ある東京市民に拾ひ上げられて市長の地位に安置せられた。君は曾て言つたことがある。我輩の生涯は恰も隧道の多い鉄道旅行をするやうなもので、時々暗黒の処に差し掛つては、再び前途の光明を認めてヤツト安心することがあると。なるほど
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