て彼れが成功の原因を説かしめよ。

      学堂の成功
 学堂が成功の一原因は、政治家の凖備と修養とを怠らざる是れなり※[#白ゴマ、1−3−29]顧ふに藩閥の諸老は、大抵立憲大臣としての伎倆なく、取て代る可きの後進政治家も、未だ経国の大才と認む可きもの実際に出現せずして、到る処夜郎自ら大なりとするの斗※[#「竹かんむり/悄のつくり」、第3水準1−89−66]漢が、紛々として互ひに短長を争ひ、雌雄を問ふを見るのみ※[#白ゴマ、1−3−29]称して政治家といふと雖も、未だ知らず、政治家たるの準備と素養あるもの果して幾人ぞ※[#白ゴマ、1−3−29]夫れ経国の大才は難し※[#白ゴマ、1−3−29]学堂亦嘗て此れに当るの実力を世間に示したることあらず※[#白ゴマ、1−3−29]故に世間唯だ彼れを大言壮語の虚才として、寧ろ之れを譏笑する多しと雖も、彼れは大言壮語を以て世間を虚喝すると同時に、其平生の抱負を苟且にせずして、孜々として大臣学を修め、英雄の課業を研究して休まざるの熱心あり※[#白ゴマ、1−3−29]此熱心ありて而る後、大言壮語するときは、即ち其大言壮語も亦終に徒爾ならざる可きを信ずるに足る。
 彼れは斯くの如き抱負と熱心とを以て帝国議会に入れり※[#白ゴマ、1−3−29]其言動豈尋常一様なるを得むや※[#白ゴマ、1−3−29]議会を傍聴する者は、必ず先づ異色ある一代議士を議場に目撃せむ※[#白ゴマ、1−3−29]此代議士は、常に黒紋付の羽織に純白の太紐を結び、折目正しき仙台平の袴を着けて、意気悠揚として壇に登るを例となす※[#白ゴマ、1−3−29]是れ衆議院の名物尾崎学堂なり※[#白ゴマ、1−3−29]人は未だ其発言を聞かざるに、先づ其態度の荘重なるに喫驚し、以為らく未来の立憲大臣たるものゝ態度正に爾かく荘重なるべしと※[#白ゴマ、1−3−29]其一たび口を開くや、議論堂々として常に高処を占め、大局に居り、其眼中復た区々の小是非小問題なきものゝ如し※[#白ゴマ、1−3−29]然り唯だ百姓議論、地方問題を以て終始囂然たる現時の衆議院に在ては、学堂の演説の如きは、実に未来大臣の準備演説ともいふ可き名誉を要求し得るものなり※[#白ゴマ、1−3−29]試に見よ、三百の頭顱中、其伎倆彼れに優るもの必ずしも之れなきに非らじ※[#白ゴマ、1−3−29]而も学堂の如く功名心に富み、学堂の如く大臣学を専攻するものありや否や※[#白ゴマ、1−3−29]ありと雖も恐らくは極めて少し※[#白ゴマ、1−3−29]是れ学堂の漸く頭角を現はすに至れる所以なり。
 且つ彼れは衆議院に於て、討論家として卓越なる能力を顕はしたり※[#白ゴマ、1−3−29]是れ実に彼れが成功の第二原因なり※[#白ゴマ、1−3−29]彼れの討論は、深遠博大なる思想を表現せず、光怪陸離たる情火を発起せず、又長江大河一瀉千里の雄弁を認識せしめず※[#白ゴマ、1−3−29]然れども論理痛快、法度森厳にして、往々大胆不敵の硬語あり、以て能く議場の群囂を制するに足るの力なきに非ず※[#白ゴマ、1−3−29]特に其論敵に対するや、逼らず、激せず、熱殺の奇なきも、冷殺の妙あり※[#白ゴマ、1−3−29]婉約の巧なきも、辛辣の趣味あり※[#白ゴマ、1−3−29]如何なる大嘲罵の言も、彼れは之れを出だすに極めて沈着の辞気を以てし、如何なる滑稽笑※[#「言+墟のつくり」、第4水準2−88−74]の意義も、彼れは説教師の如く、襟を正だし、眉を昂げて表白する如きは、実に一種の討論術を得たりと謂ふ可し。
 伊藤内閣の時なりき、彼れは渡辺侠禅と、一銭一厘の問答を試みて侠禅を翻弄せり※[#白ゴマ、1−3−29]一銭一厘の問答、何ぞ其れ滑稽なる※[#白ゴマ、1−3−29]而も学堂は極めて厳格なる声色を以て、此奇劇を演じたりき※[#白ゴマ、1−3−29]大抵学堂の討論は、詈罵笑※[#「言+墟のつくり」、第4水準2−88−74]を交へざるものなしと雖も、彼れは曾て笑ひたることなく、又怒りたることなく※[#白ゴマ、1−3−29]飽くまで冷々然たり、飽くまで従容自若たり※[#白ゴマ、1−3−29]斯くの如き討論家は、往々大激論大争議の壇上に於て顕著なる成功を博し得ること多し。
 彼れが成功の原因は、更に焉れより大なるものあり※[#白ゴマ、1−3−29]何ぞや、彼れが党人として極めて忠実なる党人たるに在り※[#白ゴマ、1−3−29]彼れ曾て大隈伯を論じて曰く、人或は進歩党の一挙一動を以て悉く大隈伯の指揮に出づるが如くに想像するものあり※[#白ゴマ、1−3−29]是れ何の謬見ぞや※[#白ゴマ、1−3−29]凡そ一政党の進退を指揮するの首領は、常に党員と実際の運動を倶にするものならざる可らず※[#白ゴマ、1−3−29]然る
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