3−29]当時学堂亦逐客の伍伴となるや、彼れ荘厳正色人に語つて曰く、伊藤博文はナポレオン三世を学びて、クーデターを行ふ、我れは即ち当年のユーゴーたらむと※[#白ゴマ、1−3−29]是れ一時の諧謔に非ずして、実に彼れの肺肝より出でたる真面目の語なりき※[#白ゴマ、1−3−29]聞く者皆其抱負の不倫を笑ふと雖も、当時彼は疑ひもなく、一個愛す可き小ユーゴーたりしなり※[#白ゴマ、1−3−29]後ち彼れが英京竜動に遊ぶや、日に学者政治家と来往して気※[#「陥のつくり+炎」、第3水準1−87−64]を吐く、其論往々無責任にして放縦に属するものあり、英人某氏諭して曰く、政治家は言に小心にして、行に大胆なるを要す※[#白ゴマ、1−3−29]子夫れ少しく修養を積めよ、彼れ声に応じて曰く、我は言行共に壮快偉大なる政治家たるを望む、腐儒俗士の事は我れの知る所に非ずと※[#白ゴマ、1−3−29]其の気を負ひて自ら大とするの概以て見る可し。
彼れが曾て報知新聞に在るや、文を属して容易に成らず、編輯人之れを督促して急なり、彼れ大声叱して曰く、我れは未来の立憲大臣たらむと期するもの、何ぞ数々として我れを累はすの太甚しきやと、是れ猶ほ昔者ジスレリーが、メルボルン公の、『足下は政論家と為て何を為さむとするか』と問へるに答へて、我れは唯だ英国の総理大臣たらむとするのみといへると一対の大言なり※[#白ゴマ、1−3−29]此れより世人彼れを呼て未来の立憲大臣と称す※[#白ゴマ、1−3−29]故に未来の立憲大臣といへば、世間直に尾崎学堂を聯想せざる莫し※[#白ゴマ、1−3−29]顧ふに彼は夙にジスレリーの人物に私淑し、曾て『経世偉勲』を著はして、ジスレリーの伝を記す、其立憲大臣の予告を為したるもの安ぞ経世偉勲中の一節を換骨脱胎せるものに非らざるなきを知らむや。
彼れが曾て東京府会の議員たるや、例に依りて放言高論動もすれば議場を悩殺せしめんとす※[#白ゴマ、1−3−29]蓋し府会の議事は、瑣々たる地方行政の問題にして、天下経綸の大問題に非ず※[#白ゴマ、1−3−29]然るに彼れは常に立憲大臣の心を以て、堂々たる議論を試みんとするの癖あり※[#白ゴマ、1−3−29]当時の府会議長たる沼間守一深く之れを患へ、務めて彼れの気※[#「陥のつくり+炎」、第3水準1−87−64]を抑へむとしたるに拘らず、彼れは傲然として飽くまで沼間と頡頏せむとせり※[#白ゴマ、1−3−29]以て其抱負の凡ならざるを諒す可し。
彼れが自負心強く、夸大の空想に耽り、荘厳なる英雄の舞台に神迷するの状は、亦明かに彼れの風采にも躍然たり※[#白ゴマ、1−3−29]其昂々焉として鷹揚なる処、其冷静にして容易に笑はざる処、其動もすれば気を以て人を圧せむとする処、皆彼れが気象の外表たらざる莫し※[#白ゴマ、1−3−29]然れども彼れ不幸にして、如何なる時代の英雄にも大抵普通なる特質を其風采に欠けり。英雄の特質とは何ぞや曰く磊落粗朴の野性、曰く道理に拘泥せずして盲進する獣力是れなり※[#白ゴマ、1−3−29]彼れの衣貌は寧ろワザとらしき躰裁を示すに非ずや※[#白ゴマ、1−3−29]彼れは一髪を櫛るにも、香水と鏡台とを要すといふに非ずや、其蝮蛇の如き眼光もて四方を睥睨するの、如何に注意深き神経質を表するかを見よ※[#白ゴマ、1−3−29]其一言一句を苟もせずして勉て多弁の弊を避くるの、如何に小心翼々として或る点に謹慎なるかを見よ、単に彼れの風采よりいへば、彼れは虚飾にして異を衒ふの癖あるものゝ如く、即ち衣冠の英雄にして裸躰の英雄に非らざるの嫌あるを免かれず。此に彼れの性格を判断せしむる面白き一事実あり※[#白ゴマ、1−3−29]彼れが前年井上条約案に反対運動を試み居るの際なりき※[#白ゴマ、1−3−29]一日故後藤伯の馬車を借り、俄に立憲大臣に仮装して、意気揚々と早稲田の大隈邸に乗り込み、以て衆人に一驚を喫せしめて自ら喜びたること是れなり※[#白ゴマ、1−3−29]何ぞ其れポンチ画中の滑稽人物に近きの太甚しきや※[#白ゴマ、1−3−29]斯くの如き風采は、決して英雄普通の性質と両立せざるものなり。
彼れは常に矢野竜渓に兄事し、竜渓を以て大臣以上の人物なりと尊崇し、其人品を評して少なくとも当代一流といひたるものなり※[#白ゴマ、1−3−29]料るに彼れ竜渓を自己の模型となして之れに陶鋳せられんと欲するの余り、遂に一個の小竜渓と為りたるもの歟、然れども今や彼れは竜渓よりも大なる成功あり、多望なる前途を有するのみならず、比較的年少の身を以て多数の先輩を凌駕し、現に進歩党中最も有力なる領袖と為り、彼れの予期せる立憲大臣の位地も遠からずして彼れを迎へんとするに至れるは何ぞや※[#白ゴマ、1−3−29]請ふ少しく余をし
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