藩閥の残党の為には、最も便利なる最も都合善き政変の導火線なりき、何となれば此権力均衡論を決定するの投票権は、当時内閣の中立者たる西郷侯と桂子との手中に在りたるに於て、藩閥の残党にして之と相策応せば、輙ち内閣破壊の目的を容易に達し得可かりしを以てなり、而して西郷侯の機を見るに敏なるを知り、又桂子の純然たる山県系統として閣下の属僚と親密の関係あるを知るものは此の一侯一子が文相更迭問題に付て閣議分裂したる際にも、曾て適正なる調停の手段を取らざりしを怪まざる可く、将た板垣伯が乖謬無名の辞表を天※[#「門<昏」、第3水準1−93−52]に捧げて宸襟を煩はし奉りたる際にも此の一侯一子が閣僚として曾て板垣伯に善を責むるの道を尽さず、以て内閣をして無惨の末路を見せしめたるを不思議とせざる可し、乃ち憲政党内閣が此の事情によりて遂に破壊せられ其の自然の結果として閣下の内閣を造り出だしたるも亦豈偶然ならむや。
※[#始め二重括弧、1−2−54]十六※[#終わり二重括弧、1−2−55]
山県相公閣下、幸福なる閣下は、憲政党内閣の破壊と共に、端なく其の旧勢力を復活して政治上の主人公と為り、而して内閣組織の使命は閣下に伝へられ、而して閣下は恰も謝安を気取りて椿山荘を出で、而して国民は唯だ目を円くして閣下が如何なる内閣を組織するかを注視したりき、顧みて此際に於ける自由党の行動を見れば、全く当初合同の精神を忘れて、自ら造りたる内閣の破壊を快とせしものゝ如く、私闘術に巧みなる星亨氏を軍師として、一時の小成敗を争ひ、卑劣なる投機手段に成功したるを称して党略の能事終れりと為し、而も坐して江山を将て他人に附与するの愚に陥りて自ら覚らざりし如き、識者は唯だ其浅陋を憫笑するのみ、既にして閣下の内閣成るや政治上の立場を失ひたる自由党は、其の主義政見を犠牲にして閣下と提携を約したりと雖も、実は互ひに欺き合ひ詐り合ふて政治上のポン引を働かむとしたるに過ぎず、初め閣下が策士の言を聴きて自由党と提携せむとするや、閣下の属僚中には此の提携を非として飽くまで超然内閣の実体を保持す可しと主張したるものあり、閣下の歴史及び内閣組織の初一念より察すれば、閣下恐らくは真に肝胆を披て自由党と提携するを欲したりとも思はれず、現に自由党が提携の条件として二三党員の入閣を要求したるに際し、閣下は之れに答へて単に人才としてならば自由党より閣員を抜くも可なれど、党員としてならば入閣の要求に応じ難しといひたりしを見れば、閣下の意亦超然内閣の本領を以て立つに在りしを知る可し、且閣下が当時自由党領袖等と屡々提携に関する交渉を試みつゝある間に、板垣伯は公然自由党員に向て、何種の内閣を問はず善政を行へば之を援くるに躊躇す可からずと演説して、有りの儘に閣下の内閣が超然内閣たることを承認したりき、而も自由党の多数は、閣下の内閣をして超然内閣の装姿を脱せしむるの冀望ありしが為めに、斯る意義に於ける提携の交渉は一旦破裂に帰したりしに拘はらず、閣下と自由党とは更に瞹眛なる交渉を経由して、終に怪しき提携を約したり、此の提携の結果として閣下の内閣は純然たる超然内閣にも非ず、又政党を基礎とするの内閣にも非ざる一種の間色内閣と為りたるに於て、閣下と自由党との関係は、随つて唯だ政略的関係若くは利益的関係たるに止まり、曾て主義政見の契点に依りて渾然融和したる事実を示すこと能はざるに至れり、是れ閣下が政治上の過失を犯したる最初の起点に非ずして何ぞや。
※[#始め二重括弧、1−2−54]十七※[#終わり二重括弧、1−2−55]
山県相公閣下、閣下と自由党との提携は、唯だ政略的関係若くは利益的関係に依りて成立したるを以て、閣下は自由党を待つに真の政府党を待つの道を以てせずして、唯だ之れを操縦して盲従せしむることを努め、自由党も亦閣下の内閣に対して真の政府党たる観念なく、唯だ其の位地を利用して政治的営私の目的を達せむことを図る、而も閣下は宣言して曰く、諸君と相倚り相助けて進取の宏謨に答へむと、嗚呼誰れか其の自ら欺くの甚しきに驚かざるものあらむや、顧ふに憲政党の分裂に付ては、伊藤侯が進歩自由両派の孰れにも多少の遺憾ありしは無論なる可しと雖も、我輩の見る所に依れば侯の最も遺憾としたるは、恐らくは憲政党内閣の破壊余りに脆くして、端なく超然内閣を再興せしむるに至りたる一時ならむ、何となれば是れ侯が閣下等の異論を排して敢て大隈板垣両伯を奏薦したる当初の意思に背きたればなり、然るに侯の直系に属する伊東巳代治男等が自由党の策士と相呼応して極力憲政党の破壊に従事したるは何ぞや、蓋し進歩派の勢力次第に膨脹して自由派の分子までも漸く進歩化するの傾向ありと認め憲政党内閣の維持一日を長うすれば独り進歩派の為めに一日の利あるを恐れて、其
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