の大勢未だ定らざる前に之れを破壊するの優れるに如かずと信じたるを以てなり、彼輩の心事は唯だ此の一点に存したりき、当時固より閣下の内閣を造り出だすの目的なかりしのみならず、別に善後の策に付ても何等の成竹なかりしは復た言ふを俟たざるなり。
 自由党が二三策士の術中に陥りて、自暴自棄の行動に出でたるは、其の愚誠に憐む可しと雖も、一旦斯くの如くにして政治上の立場を失ひたるに於ては、其の如何なる内閣たるを問はずして之れと相結托するは止むを得ざる窮策たりしと同時に、閣下の内閣が政見の異同を論ぜずして自由党と提携を求むるに至りしも、亦止むを得ざるの窮策なりと謂はんのみ、而も閣下は自由党に誓ふに休戚利害を倶にして永く相渝らざる可きを以てす、是れ正さしく自ら欺くの虚言にして、其意唯だ一時を糊塗するに在りしは決して疑ふ可からず、閣下乃ち自由党をして単に政略的関係若くは利益の下に永く盲従せしめんと欲する乎、我輩は断じて其の目的の空想に属するを信ぜむとす、閣下願くは我輩をして閣下の未来を説かしめよ。

      ※[#始め二重括弧、1−2−54]十八※[#終わり二重括弧、1−2−55]
 山県相公閣下、今や我輩は閣下の未来を指示するに当て、先づ閣下の内閣が如何なる現状の下に存在するかを観察せざる可からず、顧ふに閣下の内閣は、議会開設以後の内閣中に於て、最も平和らしき、最も鞏固らしき状態を保てる内閣なり、議会は既に二会期を経過したれども、遂に一たびも解散の危機に際したることなく、内閣改造の説屡々起りたれども其の閣員には亦一人の交迭したるものなし、是れ前代の内閣に在て曾て観ざるの現象にして、殆ど閣下の独占せる慶事なりと謂はざる可からず、さりながら閣下若し我輩に直言を許さば、我輩は閣下の内閣を称して、僅かに外援の支持に頼りて存在せる大厦なりといはむと欲す、而も其の外援すら今や漸く去らむとするを見るに於て、閣下の内閣は正さしく存在の資力を失ひたるものと断言せざる可からず、大石正巳氏が第十四議会に於て、閣下の内閣を評して借馬内閣といひたるも、亦実に此の意に外ならざるのみ。
 さりながら閣下願くは我輩の説を誤解する勿れ、我輩は決して立憲国の内閣を以て或る勢力の援助なくして存在するものなりとは信ずるものに非ず、或る勢力とは議会に絶対的多数を占むるの政党即ち是れなり、而して斯くの如き大政党の援助は、固より立憲国の内閣に必要なるを疑はずと雖も、閣下の内閣は唯だ一時の利害に依りて政府を弁護する聯合党を有するに過ぎずして、主義政見に依りて統一せる一大政府党を有せざるを奈何せむや、人あり閣下に向て閣下は真の政府党を有するやと問はゞ、閣下は必らず然りと答ふるの勇気なかる可し、是れ事実に於て真の政府党なきのみならず、閣下は曾て公然真の政府党を作りたることなければなり、則ち我輩は唯だ閣下が議院政略を乱用して政党を操縦したるを見る、未だ閣下が主義政見に依りて進退を倶にす可き真の政府党に援助せらるゝを見ず。
 相公閣下、我輩の聞く所に依れば、伊藤侯は改正選挙法通過の後、窃に閣下に向て政府党組織の計画目下に必要なるを説き、暗に此の大任を伊藤侯に委するの内勅を得るの手段を尽さむことを求めたるに、閣下之を肯んぜずして曰く、君にして苟も政党を組織せむとせば則ち君自ら之れを為して可なり、内閣は断じて其の議を賛するを得ずと、此に於て乎伊藤侯は閣下の与に為すあるに足らざるを怒りて、爾来閣下と益々情意の疏通を欠くに至れりと、是れ閣下が伊藤侯の野心測られざるを恐れたるにも由る可しと雖も、一は閣下が強て超然内閣の外観を維持せむとするの謬見より出でたるものに非ずして何ぞや、要するに閣下は現在に於て真の政府党を有せざるのみならず、其の政府党らしきものすらも、日に閣下の内閣と相離れて反つて閣下の死命を制するの政敵たらむとするが如きは、亦豈閣下の宜しく警戒す可き一大危機に非ずと謂はんや。

      ※[#始め二重括弧、1−2−54]十九※[#終わり二重括弧、1−2−55]
 山県相公閣下、閣下は或は帝国党を以て内閣の忠僕なりと信ぜむ、然り其の歴史よりいふも、其の関係よりいふも、帝国党は確かに内閣の忠僕たる可き傾向を有するものなり、さりながら僅々二十余名の代議士を有する眇たる一小党は、閣下が果して頼つて以て有力なる忠僕とするに足る可き乎、況むや帝国党は政治的投機師を以て組織したる烏合の政団にして、殆ど政党と名く可き実質を具へざるに於てをや、先づ試に其の領袖たる者の如何なる人物なるかを見よ、佐々友房氏は自ら大策士を以て任ずるに拘らず、識慮頗る暗昧にして確然たる定見なき人なり、曾て独逸に遊ぶや、其の国の各政党が大抵宗教問題を政綱に掲ぐるを見て以為らく是れ我国の宜しく学ぶ可き模範なりと、帰来直に帝国党の政綱に宗教
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