て生命あり光輝あらしむるを得可し。若し伯にして一たび進歩党を去らば、何人が代つて之れが総理となるも、啻に党勢をして今日以上の発展を為さしむる能はざるのみならず、恐らくは進歩党の存在を危くするに至るなきを保す可からず。勿論旧自由党は板垣伯を伊藤侯に乗り替へたるが為に其の輪廓を拡大したる政友会となれり。政友会は伊藤侯の相続者として西園寺侯を得たるが為に、頗る其の統一を鞏固にしたるものに似たり。然れども大隈伯は板垣伯の如き好々翁に非ず、而して不幸にして良相続者を有する伊藤侯とも其の境遇を同うせざるがゆゑに、現時の進歩党は、大隈伯を外にして復た適当なる統率者を発見する能はざるなり。大隈伯有て始めて進歩党有り、大隈伯の威望と伎倆と有て僅に進歩党の頽勢を支持すと謂ふべきなり。
然れども進歩党が大隈伯に期するに政権に接近するの途を以てするは、根本的謬見なり。伯は才力偉大なる政治家たるを失はずと雖も、是れと共に、無遠慮なる討論家なり、掛引なき自由発言家なり、是れを以て、伯は松方伯と聯合して、之れと調和を全うする能はず、板垣伯と同盟して亦之れと調和を全うする能はず、伯は才力を以て人を圧服するを知りて、才力の以て圧服し得べからざるものあるを顧慮せざる風あり。故に伯は政党内閣の首相としては或は理想的首相たるを得可く、単に政権に接近するの目的を以て思ひ切つたる大々譲歩を為すことは、伯の性格に於て能く忍び得る所に非ず。此の点よりいへば、伯の進歩党に総理たるは、或は進歩党をして永く逆境に沈淪せしむるの一原因たるやも知る可からず。是を以て、唯だ政権に※[#「糸+二点しんにょうの遣」、第4水準2−84−58]恋する党員は、動もすれば伯の行動に慊焉たるの状ありと雖も、而も彼等は大隈伯を退隠せしめて、何人を以て之れに代らしめむとするか。将た彼等は政友会の故智を学び、相応の譲受人を求めて、之れに無条件譲与を為さむとするか。世間果して進歩党を譲受けむとする野心家あるか。
彼等は児玉子の名を呼び、又山本男に望を属すといふと雖も、是れ彼等の片思ひのみ。此の一子一男は、たとひ未来の首相候補者なりと称せらるゝも、首相の位地を得るには、必らずしも政党の力を藉るの必要なきのみならず、利口なる児玉子、聡明なる山本男は、又能く政党の価値と其の利弊とを知れり。時勢にして大なる変化あらざる限りは、豈軽ろ/″\しく其の身を政党に入るの愚を為さむや。
抑も進歩党の急要なる問題は、総理の廃立に非ずして、其の主義綱領が時勢に適するや否やを講究するに在り。余を以て之れを観れば、進歩党が久しく逆境に沈淪したるは、進歩党の自ら招く所にして、独り之れを大隈伯に責むべき理由はあらず。蓋し進歩党は、智弁能力に富めるに於て、遠く政友会の上に出づるに拘らず、其の割合に党勢の振はざるは他なし、進歩党の主義政策は十年一日の如く些しの変化なければなり。近代の政治は国際競争《ナシヨナル、ストラツグル》を本位として組織せられ、且つ運用せられつゝあり。然るに進歩党は徹頭徹尾党派本位の思想を以て行動しつゝあり。今や国民として成功せむとせば、国民的勢力の総べての要素を発達せしめざる可からず。国際競争の未だ激烈ならざる時代に在ては、国内に於ける階級の争闘、権力の与奪は実に政治家の重なる仕事なりき。然れども近代の国際競争は、国民的勢力の集中を必要とするが故に、階級の争闘、権力の与奪を目的としたる政治は、最早時代と両立し得べからざるに至れり。其の結果として立法行政に於ける科学的組織の広大なる発達となり、国民を一体としたる新愛国心の勃興と為り、従つて国民としての成功を遂げむが為に、政治家は国民の心理的及び物質的強力を増加するを方針と為さゞる可からず。而して此の方針に基ける政治は、総て積極的にして消極的なるを許さず、総て統合的にして分離的なるを許さず。是の時に当り、進歩党の主義綱領を見るに、常に消極的にして、常に積極的政策に反対し、軍備拡張といへば之れに反対し、地租増徴といへば之れに反対し、挙国一致といへば之れに反対せざるまでも之れに難癖を附け、国際競争を本位としたる施設に対しては、唯だ之れに反対して政府を苦むるの外、何の能事なし。是れ豈に信を天下に得る所以ならむや。
国際競争を本位とするの政治は、各種の専門智識と専門技術とを以て組織せられ、且つ運用せらる。故に斯くの如き政治に於ては、多数の国民よりも、寧ろ国民中より抽出したる少数の人才之れが指導者たらざる可からず。然るに進歩党は往々此の少数者の意見を無視して、却つて所謂る国民の輿論なるものに媚びむとするの迹あり。彼等は学者の同情、専門家の援助を度外して偏へに選挙区の俗情を迎合するを是れ勉む。彼等の智弁能力なるものは、要するに選挙区民の歓心を得るの術なるのみ。其の党勢の振はざる
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