実上藩閥の勢力を削小するの結果を生ずるを以て、最も藩閥者流の感情を刺戟したりしは自然の勢なるべし。然れども 皇上は憲法調査の全権と共に、憲法実施に関する凖備をも挙げて之れを公の自由手腕に委任せられたりき。是れ改革の容易に行はれたる所以なり。且つ憲法実施の準備整頓するや、公は自ら新官制に基きたる内閣の総理大臣と為りて、各行政機関の運用を試みたりき。是れ将に来らむとする議会に対せむが為に、政府の立憲的動作を訓練するに外ならざりき。斯くの如く公は一身を立憲政治の創設に捧げて其の能事を尽くしたれば、憲法の効果を収むるに就いても、亦無限の責任あるを感ずるは当然なり。
初め欧洲に於ては、日本の果して憲法政治に成功するや否やを疑ふの学者少なからざりしが、顧みて憲法実施後の経過を見れば、政府と議会との行動に於て大に非難すべき点なきに非ずと雖も、全体の成績よりいへば、何人も憲法の効果に対して疑惑を挟むものあるべからず。但だ公は憲法と一身同体の関係あるを自信して、憲法実施以来、其の朝に在ると野に在るとを問はず、絶えず其効果の如何を監視して、立憲政治の健全なる発達を助けむとするものゝ如し。曾て屡々議会に現はれたる大臣責任問題に関しては、公は君主的立憲制の本義を固執して、英国流の責任論を排斥するに余力を遺さざりき。何となれば日本の内閣は帝室内閣にして、大臣は天皇に対して補弼の責に任ずと憲法に明記したればなり。然れども公は帝室内閣を広義に解釈し、原則としては、政党をして天皇の大権を侵犯せしむるを許さずと雖も、日本臣民は均しく文武官に任ぜらるゝの権利を与へられ、又文武官の任免は、大権の発動に属するものたる以上は、政党を以て内閣を組織せしむるも、决して君主的立憲制と相悖らずと説けり。是を以て公は大隈板垣両伯を奏薦して内閣を組織せしめたることありしのみならず、自ら政友会を組織し、其の会員を率いて内閣を組織したることありき。要するに公が政友会を創立したるは、日本立憲政治史に一新紀元を劃するものなり。
公が憲法の効果を収めむが為に、常に朝野の間に立ちて、憲法の活ける註解者として働らき、今尚ほ働らきつゝあるは、憲法起草者たる公として避くべからざる責任を感ずるが故なるべし。今や憲法発布二十年期に際し、皇上特に憲法紀念館を公に下賜して、其の晩年の光栄を限りなからしめ給ふ。拝聞す此の建物は皇室の典範、帝国
前へ
次へ
全175ページ中40ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
鳥谷部 春汀 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング