目して乱臣賊子の所為なりと極論したることあり。此両氏は共に山県系統の保守派にして、唯だ朝比奈氏は二宮氏に比して少しく温和にして変通あるを異りとするのみ。
更に山県系統の進歩派を見るに、実は極めて少数にして、正直に政党内閣を信ずる者は、恐らくは絶無なる可し。されど清浦、曾禰、桂等の諸氏は半ば政党内閣を信じ、青木子に至ては十中八九までは政党内閣論に傾き、現に山県内閣成るの前、自ら憲政党に入党を申込みたりといふを見れば、子は遠からずして政党員たるの日ある可し。
山県系統は以上の如く両派に分かれ、両派互に侯を擁して、第二次内閣を組織したるを以て、其内閣は超然を本領とするにもあらず、政党を基礎とするにもあらざる雑駁の内閣を現出するに至れり。世間或は山県侯を以て憲法中止論者とするものあれども、事実は大に然らず。侯は謹慎周密の小心家にして、決して憲法を中止するが如き大英断を施し得る如き人物に非ず。唯だ侯の系統に属する属僚中に無責任の激論を為すものあるが為め、世人をして侯を誤解せしめたるのみ。但し昨年伊藤内閣の末路に方りて、宮中に元老会議あり。伊藤侯の提出したる善後策に対して、黒田伯の憲法中止論出でたるは、事実として伝へられたれども、是れとても伯が熱心に主張したるには非ざりしといふ。山県侯の謹慎を以てして、豈斯くの如き暴論を唱ふることあるべけんや。
余は曾て侯は出処に巧みなる人なりと評したることあり。其今囘に処する所以の者を観るに、亦頗る其巧処あるに感服すと雖も、侯は到底政治家に非ず。久しからずして必らず退隠せむ。唯だ其現在の位地は、侯が従来養ひ来れる潜勢力によるものなるを知らば、侯の潜勢力にして存在する限りは、侯は決して未だ政界の死人に非ずと知るべし。(三十二年一月)
山県首相に与ふ
※[#始め二重括弧、1−2−54]一※[#終わり二重括弧、1−2−55]
侯爵山県公閣下、我輩は多年閣下の政敵として論壇に立つものなりと雖も、閣下の徳を頌するに於て、亦敢て政府の属僚に譲らざるの誠実を有せり、彼の政府の属僚が閣下の徳を頌するや、動もすれば其過失をも弁護して閣下を誤らむとするものあり、我輩の閣下の徳を頌するや、唯だ其頌す可き所以を頌して、有りのまゝに所見を披陳するに外ならず、随つて閣下の過失を挙示して忌憚なき所あるも、故らに訐いて以て直とするには非ずし
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