伯は多数の信服者を作る能はざりしも、其少数信服者は悉く小陸奥宗光なり。否らざるは陸奥宗光の熱心なる崇拝者なり。唯だ夫れ輪廓の余りに瞭然たる人格は、其の実質概して狷介にして余裕なし。偉大なる人格の第一特色は、受納力の宏博なるに在り。概括力の富贍なるに在り。統率力の優勝なるに在り。此の点に於て大隈伯は独り当代に雄を称し得べく、陸奥伯の極めて個人的独尊的なると頗る其の人格を異にせり。大隈伯は政治に於てデモクラシーを主張すると同時に、其趣味に於てもデモクラチツクなり。之れに反して陸奥伯は、政治の原則としては亦均しくデモクラシーを信ずと雖も、其の趣味は或る意義に於て全くアリストクラチツクなり。彼は凡俗を好まず、又凡俗の好む所を好むこと能はず。彼は凡俗と天才との間には踰ゆべからざるの鴻溝あるを信じ、滔々たる凡俗は、到底天才者の頭脳を領解する能はずと思惟せり。若し大隈伯を以て思想界のトルストイとせば、陸奥伯は稍々ニイチエに類似すと謂ふべし。ニイチエの奇崛独聳は嶄然として時代の地平線を超越したるものありと雖も、終にトルストイの感化の偉大なるに及ばざるなり。陸奥伯の大隈伯に於けるは、猶ほニイチエのトルストイに於ける如きのみ。(四十年十一月)

   伯爵 板垣退助

     板垣退助

 世に伝ふ、板垣伯は両面ある人物なり※[#白ゴマ、1−3−29]外は粗放磊落なるに似て内は反つて細心多疑※[#白ゴマ、1−3−29]外は直情径行なるに似て内は反つて険怪隠密※[#白ゴマ、1−3−29]外は剛愎偏固なるに似て内は反つて温柔滑脱※[#白ゴマ、1−3−29]常に赤誠を口にして善く慷慨すれども、身を処するに巧詐あり世を行くに曲折あり、圭角ある如くにして圭角なく、平板なる如くにして表裏あり※[#白ゴマ、1−3−29]是れ其の伊藤侯と合ひ易き所以なりと※[#白ゴマ、1−3−29]然れども余の彼れに見る所は別に是れあり。
 余の別に見る所とは何の謂ぞ※[#白ゴマ、1−3−29]彼れは民選議院の設立を建白せり、故に彼れを目して自由民権の創見者と為す可き乎※[#白ゴマ、1−3−29]彼れは曾て木戸大久保諸氏と大阪に会合して議する所あり、次で明治八年遂に立憲の聖詔煥発せられたりき※[#白ゴマ、1−3−29]故に彼れを称して立憲政体創造の首功と為す可き乎※[#白ゴマ、1−3−29]彼れ或は愛国社を興し、或
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