所は、伯が清濁併せ呑むの大度と、群情を駕御するの術との間に重力法を応用すること周到ならざるの迹あること是れなり。蓋し伯は自信強きが故に、如何なる人物をも包容して其の材料を尽さしめむとし、且つ如何なる不平の声も之れを鎮撫するに於て多くの苦心を要せずとするの風あり。概言せば伯の人格は、円満といふよりは寧ろ多面といふべく、完美といふよりは寧ろ偉大といふべく、而して其の本領は、目前の成敗を顧みずして、我が為さむとする所を為すの男性的活動に在り。
陸奥伯の人格は、大隈伯と自ら別種の模型を有せり。伯は神経質の才子にして、若し伯より野心と覇気とを除かば、或は詩人文学者の質に近かきやも知るべからず、伯は天才の詩人に見るが如き鋭敏特絶なる直覚力を有し、又泰西著名の文学者に見る如き深刻なる観察眼を有せり。然れども此の直覚力と観察眼とは、伯の野心及び覇気と抱合して、聡明自ら恃むの政治家を鋳造したりき。伯は人の隠微を読み、敵の弱点を指し、世の情偽を察し、事の利害を断し、理の是非、機の先後を判ずるに於て、電光の暗室を照らすが如し。唯だ伯は聡明自ら恃むが故に毫も衆俗を送迎して人望を収めむとすることなく、衆俗も亦伯の豺目狼視に触るゝを好まずして自ら伯と親まざるに至る。是を以て伯には独り個人的能力の伯を重からしむるものありて、国民に対しては殆ど何等の感化をも及ぼしたるものなかりき。伯は曾て伊藤内閣と自由党との連鎖たることありしも、若し伯をして自由党統率の任に当らしめば、到底星亨の為し得たりしものを為し得ざりしならむ。伯或は政党の謀主たるを得たらむも、理想的党首の器は之れを伯に望むべからず。伯は智力の輪転機なり。満身総べて是れ智力にして、其の道徳も、其の勇気も、其の感情も皆智力を以て指導せらる。故に伯に在ては智力と一致せざる道徳は愚なり、智力より生ぜざる勇気は暴なり、智力に伴はざる感情は痴なり。真の道徳、真の勇気、真の感情は智力を本位としたるものにして、智力は真なり、美なり、善なり、絶対的尊貴なり。故に伯は智者を服すれども、勇者を服する能はず、血性家を服する能はず。是れ伯の勢力圏の甚だ狭かりし所以なり。
然れども伯の智力本位は、其の人格の色彩輪廓を瞭然たらしむるを以て伯と相見るものは伯に於て一の偽善を認めず、心々直に相印するの感を生じて、伯に信服するものは恰も宗門的関係を胥為するに至るべし。故に
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