らしむるを得む[#「たとひ詐僞師を内閣大臣たらしむるも亦必らず之れをして其詐僞を行ふに由なからしむるを得む」に白丸傍点]。况んや星林の兩氏の如きは[#「况んや星林の兩氏の如きは」に白丸傍点]、共に材幹手腕ある一廉の人物にして[#「共に材幹手腕ある一廉の人物にして」に白丸傍点]、若し之れを善用すれば[#「若し之れを善用すれば」に白丸傍点]、相應の治績を擧げ得可き望みあるに於てをや[#「相應の治績を擧げ得可き望みあるに於てをや」に白丸傍点]。唯だ侯が之れを善用するを得るや否やは甚だ世人の危む所たるのみ[#「唯だ侯が之れを善用するを得るや否やは甚だ世人の危む所たるのみ」に白丸傍点]。
 新内閣員として最も注目す可きは、加藤高明氏の外務大臣たること是なり。彼は久しく英國駐在の帝國公使として令名あり。其の外交上の技倆よりいへば、新内閣の外務大臣として何人も故障をいふものある可からず。彼れは啻に外務大臣として適任なるのみならず、内閣大臣たるの人格より見るも、新内閣中實に第一流の地歩を占むるものなり。彼れは名古屋出身たるに拘らず[#「彼れは名古屋出身たるに拘らず」に白丸傍点]、毫も名古屋人の特色たる纖巧輕※[#「にんべん+鐶のつくり」、18−上−6]の處なく[#「毫も名古屋人の特色たる纖巧輕※[#「にんべん+鐶のつくり」、18−上−6]の處なく」に白丸傍点]、極めて硬固にして冷靜の頭腦を具へ[#「極めて硬固にして冷靜の頭腦を具へ」に白丸傍点]、決斷に長じ抵抗に強く[#「決斷に長じ抵抗に強く」に白丸傍点]、言笑亦甚だ不愛嬌なれども[#「言笑亦甚だ不愛嬌なれども」に白丸傍点]、常識豐富にして[#「常識豐富にして」に白丸傍点]、其の思想は頗る健全なり[#「其の思想は頗る健全なり」に白丸傍点]。彼を知るものは彼れを稱して英國紳士の典型を得たるものなりといへり。故に彼れの新内閣に在るは、確かに中外に對する重鎭たらむ。余は伊藤侯が彼れを入閣せしめたるを以て内閣組織上の一大成功と爲す[#「余は伊藤侯が彼れを入閣せしめたるを以て内閣組織上の一大成功と爲す」に白丸傍点]。
 第四次伊藤内閣は、斯の如くにして組織せられたり。其從來の内閣に比すれば、形式に於ても實質に於ても共に進歩したるものたるは疑ふ可からず。一人の元老を加へずして[#「一人の元老を加へずして」に白丸傍点]、悉く後俊を以て組織したるは實質上の進歩なり[#「悉く後俊を以て組織したるは實質上の進歩なり」に白丸傍点]。陸海軍大臣を除くの外[#「陸海軍大臣を除くの外」に白丸傍点]、全然藩閥の分子を一掃したるは形式上の進歩なり[#「全然藩閥の分子を一掃したるは形式上の進歩なり」に白丸傍点]。其の閣員の多數政友會より出でたるを以て之れを政黨内閣といふ可なり[#「其の閣員の多數政友會より出でたるを以て之れを政黨内閣といふ可なり」に白丸傍点]、其の老骨を排して後俊を網羅したるを以て之れを人才内閣といふ亦可なり[#「其の老骨を排して後俊を網羅したるを以て之れを人才内閣といふ亦可なり」に白丸傍点]。余は此點に於て新内閣の成立を祝するに躊躇せず。若し夫れ實際の施設は、今後の進行如何に由て更に評論せむと欲す。(三十三年十一月)

     伊藤侯の現位地

 英國の名宰相ロバート、ピールが曾て保護政策を棄てゝ穀物輸入税廢止論に同意するや、保守黨は彼れを罵つて、變節の政治家なりといひ、一般の批評家は亦彼れの行動を稱して矛盾といひたりき。然れども彼れは此の變節に由りて[#「然れども彼れは此の變節に由りて」に傍点]、反つて國家國民の福利を増進したれば[#「反つて國家國民の福利を増進したれば」に傍点]、則ちたとひ黨首としては一時の物議を免がれざりしも[#「則ちたとひ黨首としては一時の物議を免がれざりしも」に傍点]、政治家としては確かに偉大の成功を奏したりといふべし[#「政治家としては確かに偉大の成功を奏したりといふべし」に傍点]。佛國のギゾー(有名なる文明史の著者)彼れを論じて曰く、ロバート、ピールは、單純なる理論家にあらず[#「單純なる理論家にあらず」に白丸傍点]、又た原理原則に拘泥する哲學者にもあらず[#「又た原理原則に拘泥する哲學者にもあらず」に白丸傍点]、彼れは事實を較量するの實際家にして[#「彼れは事實を較量するの實際家にして」に白丸傍点]、其の終局の目的は成功に在り[#「其の終局の目的は成功に在り」に白丸傍点]。然れども彼れは主義の奴隷たらざると共に[#「然れども彼れは主義の奴隷たらざると共に」に白丸傍点]、必らずしも主義を輕蔑するものにあらず[#「必らずしも主義を輕蔑するものにあらず」に白丸傍点]、彼れは政治的哲學を全能なりとも[#「彼れは政治的哲學を全能なりとも」に白丸傍点]、若くは無益なりとも信ぜざるがゆゑに[#「若くは無益なりとも信ぜざるがゆゑに」に白丸傍点]、敢て之れを崇拜することなしと雖も[#「敢て之れを崇拜することなしと雖も」に白丸傍点]、而も之れを尊重せり[#「而も之れを尊重せり」に白丸傍点]と。是れ實にピールの人物を正解したる言なり。
 顧みて我伊藤侯の出處進退に視る、侯は多くの點に於て亦頗るピールに似たるものあり。侯は黨首としては固より缺點なきの人物にあらずと雖ども、政治家としては、朝野の元老中兎も角も大體に通ずるの士なり。今や侯は桂内閣と政友會とを妥協せしめたるの故を以て、世上の非難攻撃を一身に集中したり。獨り反對黨の盛んに侯を攻撃するのみならず、侯の統率の下に立てる政友會も、亦動搖に次ぐに動搖を以てして自ら安むぜざるものゝ如し。是れ侯を目して政黨に不忠實なりと認めたるが爲なり。唯だ此の見解に依りて、尾崎行雄氏は去れり、片岡健吉氏は去れり、林有造氏は去れり、其餘の不平分子は去れり。彼等は以爲らく、政友會總裁たるものは、唯だ政友會の利害を以て進退の凖とせざる可からず、唯だ政友會の主義綱領を保持する限りに於て會員指導の任に當らざる可からず、然るに侯の爲す所は、黨首たるの責任よりも、寧ろ元老たるの位地に重きを置きて、政府と妥協を私約し、以て專制的に之れを政友會に強ゆるの擧に出でたり、是れ到底忍び得べき所にあらずと。然り[#「然り」に白三角傍点]、侯は既に自ら公言して[#「侯は既に自ら公言して」に白三角傍点]、乃公は一身を擧げて政友會に殉ずる能はずといへり[#「乃公は一身を擧げて政友會に殉ずる能はずといへり」に白三角傍点]、是れ尋常黨首の言ふ能はざる所にして[#「是れ尋常黨首の言ふ能はざる所にして」に白三角傍点]、適々以て侯の侯たる所以の本領を見るなり[#「適々以て侯の侯たる所以の本領を見るなり」に白三角傍点]。
 然れども侯は決して他の藩閥者流の如き政黨嫌ひの政治家にあらず、政黨嫌ひの政治家にして焉んぞ自ら政友會を組織することあらむや。唯だ侯は黨首たるには餘りに執着心に乏しくして黨派の主義綱領を輕視するの傾向あるのみ[#「唯だ侯は黨首たるには餘りに執着心に乏しくして黨派の主義綱領を輕視するの傾向あるのみ」に二重丸傍点]。凡そ主義綱領といふが如きは、黨派あつて始めて現はれたるに過ぎずして、惡るくいへば、源氏の白旗、平家の赤旗といふに異る所なし。赤旗白旗は源平戰爭の標幟には必要なりしも、鎌倉幕府の政治家には、何の必要なかりき。固より立憲國の黨派は公黨にして私黨にあるざるがゆゑに、其の主義綱領は、即ち國家に對する公念の發動にして、黨派の私意にあらざる可し。然れども同一主義の政友會憲政本黨が[#「然れども同一主義の政友會憲政本黨が」に白丸傍点]、故らに對壘相當りて相爭ふは何ぞや[#「故らに對壘相當りて相爭ふは何ぞや」に白丸傍点]、知らず所謂る主義綱領なる者は[#「知らず所謂る主義綱領なる者は」に白丸傍点]、黨派に於て何の用を爲しつゝある乎[#「黨派に於て何の用を爲しつゝある乎」に白丸傍点]。余は現時の黨派が使用しつゝある主義綱領が[#「余は現時の黨派が使用しつゝある主義綱領が」に白丸傍点]、殆ど赤旗白旗と何の選む所なきを惜まざるを得ず[#「殆ど赤旗白旗と何の選む所なきを惜まざるを得ず」に白丸傍点]。故に若し黨派の利害と國家の利害と兩立せざる場合に於いては、眞の政治家は往々黨派の主義綱領を輕視することあり、ピールの穀法廢止論を採用して變節の名を甘むじたる如き、正さしく其の一例たり。或は政黨は公黨なるがゆゑに、其の利害は國家の利害と衝突せずといはむか、是れ亦黨人の自觀なるのみ[#「是れ亦黨人の自觀なるのみ」に白三角傍点]。人は言ふ、伊藤侯は黨首の器にあらずと、余も亦爾かく信ぜり、何となれば彼は此の自觀を固執する能はざるの位地に在ればなり[#「何となれば彼は此の自觀を固執する能はざるの位地に在ればなり」に白丸傍点]。然れども是豈侯の政治家たるに害あらむや[#「然れども是豈侯の政治家たるに害あらむや」に白丸傍点]。
 抑も侯の政友會を組織したるは、實に模範政黨を作らむが爲なり。模範政黨とは、黨派的私情を去り國家的公見に就くの政黨なるべし。侯は此の目的に依りて政友會を指導せむとしたるを以て、其の黨首としての行動は、反つて黨人の意に滿たざるもの多きが如し。有體に評すれば[#「有體に評すれば」に傍点]、彼等は[#「彼等は」に傍点]、侯が國家元老の一人として政友會に總裁たるを以て[#「侯が國家元老の一人として政友會に總裁たるを以て」に傍点]、唯だ此の一點のみにても[#「唯だ此の一點のみにても」に傍点]、頗る政友會に利ありと信じたりき[#「頗る政友會に利ありと信じたりき」に傍点]。何となれば[#「何となれば」に傍点]、元老たるの資望は[#「元老たるの資望は」に傍点]、單純なる黨首の勢力よりも[#「單純なる黨首の勢力よりも」に傍点]、より大なる勢力を有すと想像すればなり[#「より大なる勢力を有すと想像すればなり」に傍点]。されば彼等は[#「されば彼等は」に傍点]、第十七議會に於て桂内閣と衝突するに當り[#「第十七議會に於て桂内閣と衝突するに當り」に傍点]、侯の勢力善く桂内閣を屈服して解散の代りに内閣を交迭せしむるを得べしと豫期したりしならむ[#「侯の勢力善く桂内閣を屈服して解散の代りに内閣を交迭せしむるを得べしと豫期したりしならむ」に傍点]。而も解散は來りて交迭は來らざりき[#「而も解散は來りて交迭は來らざりき」に傍点]、何となれば[#「何となれば」に傍点]、桂内閣は彼等の想像するが如き腰の弱き内閣にあらざるのみならず[#「桂内閣は彼等の想像するが如き腰の弱き内閣にあらざるのみならず」に傍点]、伊藤侯自身の如きも亦自ら取つて代るの成算なかりしを以てなり[#「伊藤侯自身の如きも亦自ら取つて代るの成算なかりしを以てなり」に傍点]。是に於て乎[#「是に於て乎」に傍点]、彼等は大に失望したり[#「彼等は大に失望したり」に白三角傍点]。第十八議會開くるや[#「第十八議會開くるや」に傍点]、彼等は竊に謂へらく[#「彼等は竊に謂へらく」に傍点]、今度こそは一擧して内閣を倒すを得むと[#「今度こそは一擧して内閣を倒すを得むと」に傍点]。而も彼等の御大將は[#「而も彼等の御大將は」に傍点]、戰略を講ずる代りに和約を講じ[#「戰略を講ずる代りに和約を講じ」に傍点]、其の結果は妥協と爲りて發表せられたりき[#「其の結果は妥協と爲りて發表せられたりき」に傍点]、彼等は豈再び失望せざるを得むや[#「彼等は豈再び失望せざるを得むや」に白三角傍点]。然れども假りに侯をして妥協の申込を拒絶せしめ[#「然れども假りに侯をして妥協の申込を拒絶せしめ」に傍点]、飽くまで桂内閣と戰はしむるとせむ[#「飽くまで桂内閣と戰はしむるとせむ」に傍点]、余は尚ほ彼等が失望より脱する能はざりしを信ず[#「余は尚ほ彼等が失望より脱する能はざりしを信ず」に傍点]、何となれば[#「何となれば」に傍点]、妥協成らずんば復た解散を見るの外なければなり[#「妥協成らずんば復た解散を見るの外なければなり」に傍点]。彼等の侯に期する所は[#「彼等の侯に期する所は」に傍点]、侯
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