代の精神である」に白丸傍点]。彼れが時代の精神に觸接するの鋭敏なることは[#「彼れが時代の精神に觸接するの鋭敏なることは」に白丸傍点]、殆ど天才の詩人が無意識に自然と觸接するやうな趣がある[#「殆ど天才の詩人が無意識に自然と觸接するやうな趣がある」に白丸傍点]。初めは自治法案に贊成して居つたが、時代精神が漸く大英統一主義に傾いて來たのを察して、潮合を計つて自治法案反對と出掛けた處などは凄い腕だ。此頃は復た保護貿易主義らしいものを唱へて居るが、元來自由貿易策は英國の國是ともいふべき位のもので、自由黨でも保守黨でも此の政策には今が今まで指一本も差しかねたものであるが、彼れが大膽にも之れを變更しようと試みるのは[#「彼れが大膽にも之れを變更しようと試みるのは」に白三角傍点]、全く時代精神の傾向を見拔いて居るからだ[#「全く時代精神の傾向を見拔いて居るからだ」に白三角傍点]。其の目先の早いことは疑ひもなき天才である[#「其の目先の早いことは疑ひもなき天才である」に白三角傍点]。
 ▲尾崎君はさういふ柄ではない、一體は主觀的理想家であるから[#「一體は主觀的理想家であるから」に白丸傍点]、其の頭腦は一定の型に這入つたやうに固まつて居る[#「其の頭腦は一定の型に這入つたやうに固まつて居る」に白丸傍点]。それであるから[#「それであるから」に白丸傍点]、君の政治論は[#「君の政治論は」に白丸傍点]、十年前も今日も[#「十年前も今日も」に白丸傍点]、少しも變化もなければ進歩もないやうである[#「少しも變化もなければ進歩もないやうである」に白丸傍点]。進歩黨を去て政友會に赴いた時は、世間から變節だとか無節操だとかいはれたが、實は變節でも何んでもない。唯だ一寸乘替汽車に乘つて見たばかりで[#「唯だ一寸乘替汽車に乘つて見たばかりで」に白三角傍点]、其の行先はチヤンと極まつて居つたのである[#「其の行先はチヤンと極まつて居つたのである」に白三角傍点]。
 ▲理想家に免がれない短所は、常に自己に重きを置きすぎる弊があつて、兎角時代の精神を看過するから、實行的手段には迂濶であるやうだ。此の社會を自己の理想通りにして見たいと思ふのは[#「此の社會を自己の理想通りにして見たいと思ふのは」に白丸傍点]、面白いことは面白いが[#「面白いことは面白いが」に白丸傍点]、社會は自己の理想より進歩して居ることもあり[#「社會は自己の理想より進歩して居ることもあり」に白丸傍点]、後れて居ることもあつて[#「後れて居ることもあつて」に白丸傍点]、平行して居ることは少ないものだから[#「平行して居ることは少ないものだから」に白丸傍点]、理想家は何うかすると社會の孤兒となるのである[#「理想家は何うかすると社會の孤兒となるのである」に白丸傍点]。
 ▲尾崎君の行徑を見るに、多少其の傾向があるではなからうか。政友會を脱したのも、自己の理想が行き詰つた爲めであつて、別段深い考があつたものと見えない。世間には、君が伊藤侯を見損つて政友會に飛び込むだのが誤りであつたと評するものもあるが、強ち見損なつた譯ではなからう[#「強ち見損なつた譯ではなからう」に白三角傍点]。唯だ自己の理想を餘り大事にし過ぎた爲に[#「唯だ自己の理想を餘り大事にし過ぎた爲に」に白三角傍点]、當時の境遇に堪え得なかつたのである[#「當時の境遇に堪え得なかつたのである」に白三角傍点]。
 ▲しかし茲が尾崎君の人氣のある所以で、失敗しても世間の同情が君を離れないのであらう。チヤムバーレーンのやうな人物は、成功すれば世間から同情を受けるが、失敗でもしたら最後、名譽も信用も忽ち去つて仕舞うのが必然だ。其處になると[#「其處になると」に白丸傍点]、理想家は一得一失で[#「理想家は一得一失で」に白丸傍点]、失敗しても左ほど世間から憎まれない[#「失敗しても左ほど世間から憎まれない」に白丸傍点]。尾崎君は即ち其の一例で、君は自ら言つて居るやうに、屡々暗黒の隧道に行き當ることがあるが、暫らくして再び光明の出口に送り出さるゝのである。
 ▲政友會を脱したのは、丁度隧道に向つた處であつて、君自身も此先どうなることかと氣が氣でなかつたに相違ない。其處へ都合よく東京市長が缺けて居つて、後任問題の持ち上がつた際であつたから、人氣は恐ろしい勢で君に集つた。これだけは君の夢にも思はなかつたのであらうが[#「これだけは君の夢にも思はなかつたのであらうが」に白三角傍点]、君に取つて所謂る渡りに舟で[#「君に取つて所謂る渡りに舟で」に白三角傍点]、人氣といへる不思議の魔力に引かれたのである[#「人氣といへる不思議の魔力に引かれたのである」に白三角傍点]。
 ▲凡そ聰明な人物は、自分で自分の運命を開拓するものであるが、餘り聰明でない人物でも[#「餘り聰明でない人物でも」に二重丸傍点]、人氣といふ魔力に擔がれると[#「人氣といふ魔力に擔がれると」に二重丸傍点]、豫期せざる仕合せに逢ふものらしい[#「豫期せざる仕合せに逢ふものらしい」に二重丸傍点]。
 ▲ソンなことはどうでも宜いとして、さて君はチヤムバーレーンに比較されて居るから、どうかチヤムバーレーンに劣らないやうに、緊かり市政を行つてもらひたいものだ。市政といへば小さいやうであるが[#「市政といへば小さいやうであるが」に傍点]、なか/\さうでない[#「なか/\さうでない」に傍点]。國務大臣の仕事にも劣らぬほどの難役であるのだ[#「國務大臣の仕事にも劣らぬほどの難役であるのだ」に傍点]。
 ▲チヤムバーレーンがバーミンガムの市長と爲つたのは未だ國會議員とならない前であつて、政治家としては經驗が甚だ少なかつたのである。しかし會社事業や何かで實務上の手腕が十分認められて居つたから、市民の信用を得て市長に選まれたのである。果して彼れは市民の希望に背なかつた[#「果して彼れは市民の希望に背なかつた」に傍点]。新たに大規模の公園を造くる[#「新たに大規模の公園を造くる」に傍点]、自由圖書館を建てる[#「自由圖書館を建てる」に傍点]、市民の大會堂を設ける[#「市民の大會堂を設ける」に傍点]、水道及び瓦斯の供給を市有にする[#「水道及び瓦斯の供給を市有にする」に傍点]、貧民窟を市外に移して市の體裁を綺麗にする[#「貧民窟を市外に移して市の體裁を綺麗にする」に傍点]、それは/\目醒ましき働きを現はしたのである[#「それは/\目醒ましき働きを現はしたのである」に傍点]。隨て彼れの市長たりし時代はバーミンガム市の歴史上、最も記憶すべき重要の時代といはれて居るが、尾崎君も市長となつた序に思ふ存分に手腕を示してもらひたいものである。
 ▲唯だ市政はヂミな仕事でハデでない代りに、隨分細かい、面倒臭い處があるから、何でも根氣よく、勉強するに限る。それに東京の市政にはいろ/\の歴史もあり、込み入つた情實もあるから、政黨を率ゐたり、國會議場で討論するやうな譯に往かない。君は市會を小國會にし、市廳を小内閣にする抱負があるさうだが、ソンなことは市政には餘り必要がない[#「ソンなことは市政には餘り必要がない」に二重丸傍点]。市政は直接に市民の生活問題に關係するものだから[#「市政は直接に市民の生活問題に關係するものだから」に二重丸傍点]、教育とか[#「教育とか」に二重丸傍点]、衞生とか[#「衞生とか」に二重丸傍点]、交通機關とかいふ實際の施設に最も注意してもらひたいのである[#「交通機關とかいふ實際の施設に最も注意してもらひたいのである」に二重丸傍点]。市會がどうの、市廳の組織がどうのといふやうなものは、格別大事でないと考へる。
 ▲どうも理想家は、空理空論に流がれて、實務の上に手を拔く弊があるから、尾崎君も餘つぽど用心しないと、つまらない失敗を取らないとも限らない。君は宜しく市民の人氣に背かないやうに甘く遣るべしだ。(三十七年八月)

     尾崎行雄氏の半面

 此頃外債問題討議の市會議場に於て、市長尾崎行雄氏は、久しぶりにて大氣焔を吐きたり。氏は某議院が、外債のコムミツシヨンを如何に處分するやと言へるを聞き咎めて、行雄は二十年來政海の激浪を經來れり、十萬二十萬の端金の爲に名節を汚すものに非ずと傲語し、以て頗る世間の耳目を驚かしたるものゝ如し。
 尾崎氏の品性廉潔なるは何人も之れを疑ふものなく、市民が氏を市長に戴きたるも、實は其廉潔を信じたるに外ならず。然れども世間は氏に望むに、更に廉潔以上何事か市政の上に施設する所あらんことを以てしたり[#「更に廉潔以上何事か市政の上に施設する所あらんことを以てしたり」に白三角傍点]。有體にいへば、世間漸く氏が市長として餘りに無爲なるに失望したり。氏より見れば今の市會議員なるものは箸にも棒にも掛らぬ連中なるべし。而も氏は斯る連中の爲に往々愚弄せられ、若くは鼎の輕重を問はれむとするの状なきに非ず。是れ平生氏を知るものゝ甚だ心外千萬とする所なり。
 勿論人は動いて一事を爲す能はず、靜かにして却つて多くの爲すことあり。氏が二十年間の政治的活動は、隨分目覺ましからざるに非ずと雖、其の迹を見れば唯だ廉潔の美名を得たるのみにて、是れといふべき格別の事業もなきに似たり。されば市長となりて以來氏が殆ど寂然として聞ゆるなきに至りしもの、或は氏が實質上大に爲しつゝある所以なるも知るべからず。是を以て氏の靜かなるは毫も咎むべきに非ず、要するに其の平生の抱負に背かざるだけの仕事を爲すことを得ば足れり。今や氏は千五百萬圓の外債募集に成功したり。氏は此の金額を以て市區改正其他の事業を未來の短かき時日内に遂行せむとすと聞けり。是れ恐らくは東京市の戰後經營なるべし。其の成敗は則ち市の能否を試驗する所以なれば、氏夫れ二十年來鍛錬し得たる手腕を揮つて世間の群小を一齊屏息せしむるを得るや否や。(三十九年八月)

     尾崎市長と大岡市會議長

 尾崎行雄氏は東京市長として未だ世間に誇るに足るものなくして、却つて群小嘲弄の標的たらむとするは氣の毒の至りに堪へず。前に氏の市長に就任するや、故星亨の殘黨たる郡市懇話會、之れに反對して起りたる公民會、及び餘の中立派は、悉く相一致して氏を助くるの態度を示したりき。而も時を經るに從ひ、氏は漸く市民の代表者に重むぜられず、最も氏を信用したる公民會派すらも、氏に對する同情は以前の如く深厚ならざむとするに至れり。氏の位地は幾たびか危急に迫れりと報ぜられたりき。氏の名節を惜むものは寧ろ氏が辭職の斷あらむことを望みたること一再に止らざりき。特に電車問題に關する氏の失敗は、氏をして最後の處決に出でしむるに十分の理由あるものなりき。氏は東京市會が電車市有の決議を爲したるを見て、直に屬僚に命じて市有案を編制せしめつゝありしに、市參事會員は其の同一屬僚をして更に反對の立案を爲さしめたりといへり。市參事會員の行動斯くの如く、市會の形勢亦飜雲覆雨して、氏に求むるに市有案の撤囘を以てしたるに至ては、是れ氏に向て詰腹を切らしめむとするに均し。而も氏は尚ほ晏如として市廳に眠る。知らず氏の意氣銷沈したるか、將た大に將來に期する所あるか。
 茲に東京市會議長の大岡育造氏といへる大政治家あり。世間或は氏を以て市長の椅子を窺※[#「穴かんむり/兪」、第4水準2−83−17]し、陰に尾崎氏を構陷するの謀主と爲すものあり。其の果して然るや否やは記者の知る所にあらざるも、兎に角尾崎氏は自己の身邊に油斷のならぬ強敵を控へ、絶えず其の脅かす所となるものゝ如くに見做されたり。誠に危險千萬の話なれども、而も此の強敵あるが爲に、此の位地は却つて倒れむとして倒れず、今日まで安全に支持し得らるゝの状あるは奇なりと謂ふべし。
 大岡氏は巧慧機敏の才子にして善く謀り善く働くと稱せらる。之れに反して尾崎氏は正直なる神經質の人物にして、常に上品の手段を以て上品の目的を達せむとし、其の心術に一點の横着なきがゆゑに、頗る野暮にして融通の利かぬ堅氣者に似たり。されば小手先の器用を喜ぶものは、大岡氏に意を寄する多かるべきも、唯だ東京市民は市長として
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