形を保持したりき、之を要するに自由黨は、一方に於ては星氏に惑亂せられ、一方に於ては伊東男に惑亂せられて當初の主義政見を忘れ其の清醇なる分子すらも、往々薄志弱行にして一時の利害に迷ひ、敢て自ら進で自由黨の根本的刷新を加ふるの勇氣なし、是れ我輩の所謂る眞の局面展開未だ行はれざる所以なり。
※[#始め二重括弧、1−2−54]二十八※[#終わり二重括弧、1−2−55]
山縣相公閣下、看來れば閣下の前途も暗黒なる如く、自由黨の前途も暗黒なる如く、隨て政界總體の前途も殆ど混沌として判別す可からざる如しと雖も、國民多數の冀望は自然に歸着する所ありて、我輩の所謂る眞の局面展開を見るの時機決して遠きに非ざる可きは、我輩の固く信じて疑はざる所なり、而して是れ啻に大勢に於て然るのみならず、又國家の必要なりと謂はざる可からず、試に閣下の爲に先づ其の必要ある所以を説かむか。
相公閣下、今の時に於て國家に最も必要なるは漫に租税を増徴して國民の負擔を加重するに非ず、若くは漫に軍備を擴張して外國と事端を啓くにも非ず、世間動もすれば積極主義を唱へて好で大言壯語する者ありと雖も、是れ實は政治上に於て全く無稽無意義の話たるに過ぎず、夫れ國家を經綸する[#「夫れ國家を經綸する」に傍点]、消極なる可くして消極主義に據り[#「消極なる可くして消極主義に據り」に傍点]、積極なる可くして積極主義に據り[#「積極なる可くして積極主義に據り」に傍点]、一に唯だ國家の利害を標準として經綸の策を立つ[#「一に唯だ國家の利害を標準として經綸の策を立つ」に傍点]、斯くの如きは是れ政治の要道に非ずや[#「斯くの如きは是れ政治の要道に非ずや」に傍点]、我輩の國家に必要とする所は必ずしも消極主義の經綸に在らず[#「我輩の國家に必要とする所は必ずしも消極主義の經綸に在らず」に白丸傍点]、必らずしも積極主義の經綸に在らずして[#「必らずしも積極主義の經綸に在らずして」に白丸傍点]、國民多數の信用を基礎とせる政黨内閣の建設に在り[#「國民多數の信用を基礎とせる政黨内閣の建設に在り」に白丸傍点]、到底此れに非ずむば以て内治外交の政策を確立すること能はざればなり、顧ふに閣下の内閣は、既に二會期の議會に於て共に衆議院の多數を得たりしが故に表面より見れば、頗る鞏固なる内閣に似たりと雖も、顧みて其の施設したる所を見れば、内治外交一切の政策唯だ姑息と※[#「糸+彌」、68−下−10]縫とを勉めて毫も國民を滿足せしめざること、我輩の篇を累ねて叙述したる所の如く、而して閣下の内閣が最大成功として誇る所は[#「而して閣下の内閣が最大成功として誇る所は」に白丸傍点]、實に人心を腐敗せしめ公徳を破壞せしめたる議院政略是れのみ[#「實に人心を腐敗せしめ公徳を破壞せしめたる議院政略是れのみ」に白丸傍点]、蓋し閣下の内閣は少數微力なる帝國黨及び時代の精神を領解せざる頑愚の屬僚を味方と爲すの外には、眞に主義政見を同うしたる黨與を議會に有せず、夫の自由黨との提携の如きは、原と相互の詐術に依りて成りたるものなるを以て、其の相献酬するや又唯だ詐術を是れ事として曾て利害存亡を倶にするの誠實あることなし、是れを以て閣下は單に議院政略に苦心して内治外交に對する經綸を考慮するに遑あらず、其の一たび重大なる時局に際會するに及べば、常に姑息の手段に依りて内閣一日の安を謀らむとせり、是れ果して鞏固なる内閣なりと謂ふを得可き乎。
※[#始め二重括弧、1−2−54]二十九※[#終わり二重括弧、1−2−55]
山縣相公閣下、若し夫れ閣下にして自由黨の強迫に屈して内閣の椅子を自由黨に割讓せむか、是れに依りて一時或は自由黨の反抗を禦ぎ得可しと雖も、是れと同時に内閣の基礎は反つて益々動搖の度を高むるを如何せむや、蓋し閣下は單に自由黨と提携してすら、尚ほ且つ動もすれば屬僚の不平、及び自由帝國兩黨間の嫉妬軋轢の爲に屡々惱殺せられたり、一旦自由黨員を内閣に入れて之れに政權を分與せば[#「一旦自由黨員を内閣に入れて之れに政權を分與せば」に傍点]、自由黨は勢に乘じて更に其の權力範圍を擴張せむとし[#「自由黨は勢に乘じて更に其の權力範圍を擴張せむとし」に傍点]、屬僚及び帝國黨は自己の位地を嬰守せむとして種々の隱謀を企てむ[#「屬僚及び帝國黨は自己の位地を嬰守せむとして種々の隱謀を企てむ」に傍点]、其の結果として内治外交の機關益々停滯して内閣の威信愈々降らむ、是れ豈閣下の前途をして一層暗黒ならしむる所以に非ずや、且つ閣下は曾て他の藩閥元老中に在て最も貴族院の望みを屬したる人なり、然るに自由黨と提携してより、閣下漸く貴族院の歡心を失ひ、現に宗教法案の如きは、法案其物既に不完全なりしは無論なりしも、其の貴族院に於て大多數を以て否決せられたるは亦貴族院が閣下の内閣を信任せざる明證に非ずや、今若し自由黨員を閣員として聯立内閣を造らば、貴族院の閣下に對する反感は恐らくは測る可からざるものあらむ、閣下何を以て内閣の安全を保たむとする乎。
相公閣下、閣下今日の計は唯だ斷然闕下に拜趨して内閣の總辭職を奏請するに在り、閣下の内閣にして此の擧に出でむか、後に現はる可き内閣は、其の何人に依て組織せらるゝものたるに拘らず、必らず政黨を基礎とする内閣なる可きは必然の趨勢なり、但し其の内閣の完全なる政黨内閣たるを得るや否やは固より未だ知る可からずと雖も、其の内閣の閣下の内閣よりも進歩したるものなる可きは決して疑ふ可からず、たとひ然らずとするも一變局を經る毎に漸次政黨内閣に近づくの動機を促進するものたるに於て我輩は一日も早く閣下をして過渡の時代を善くせしめ、以て閣下の名譽を後昆に垂れむことを望むこと切なり、世に一種の俗論あり曰く、今日は孰れの政黨も絶對的多數を有するものなし、現内閣にしてたとひ總辭職を爲すことあるも、之れに代りて内閣を組織し得るの準備ある政黨は一も之れあることなし、内閣は遽かに更迭せしむ可からず、又更迭せしむるの必要なしと、我輩請ふ其の俗論たる所以を解説せむ。
※[#始め二重括弧、1−2−54]三十※[#終わり二重括弧、1−2−55]
山縣相公閣下、凡そ立憲國の内閣に貴ぶ所は、唯だ其の存立の長期なるに在ずして、其の施設の多く且大なるに在り、長期の内閣と雖も、其の施設毫も觀る可きものなくば、則ち短期の内閣と又何の撰む所ぞ、故に我輩は寧ろ能力ある内閣を望みて、單に長期なる内閣を望まず、何となれば能力ある内閣は、たとひ短期にして斃るゝことあるも、尚ほ能く光輝ある成績を留むるを得るに反して、能力なき内閣は、たとひ長期の存立を保つことあるも、決して國家に多大の貢献を爲すこと能はざればなり、况むや長期の内閣は反つて政治上の罪惡を作ること古今其の例に乏しからざるに於てをや。
相公閣下、閣下の内閣は、議會開設以來最も長期の内閣にして、又議會開設以來最も無能力の内閣と稱せらる、顧ふに閣員悉く無能無力なるに非ず、中には多智多才の人物ありと雖も内閣の基礎頗る薄弱にして内は統一の形全く破れて行政機關の作用大に頽廢し、外は野心ある政治家若くは黨與の爲に牽制せられて、曾て自由手腕を揮ふ能はず、而して閣下は強て内閣を維持せむとして、沒主義沒政見の行動を事とするの外、復た何等の顯著なる成績を擧げたるものなし、閣下の内閣を評するものは曰く現内閣の長期なる所以は、唯だ其の無能無力なるが爲めのみ、能力ある内閣は、彼れが如き姑息にして活動せざる長期の舞臺に耐へざるなりと、言稍々苛刻なりと雖も、亦半面の眞理を道破したるものなり、斯る不名譽なる内閣を維持するは、啻に閣下の利益ならざるのみならず、又決して國家の利益に非ず、閣下乃ち今に於て斷然闕下に伏して骸骨を乞ひ、以て國家の爲めに賢路を開くは是れ豈閣下有終の美を成す所以に非ずや。
閣下にして苟も内閣の總辭職を奏請せば、陛下は更に他の有力なる政治家をして新内閣を組織せしめ給ふ可し、而して次に來る可き内閣は其の必然の組織として政黨を基礎とするものたる可く、其の内閣にして議會に多數を占むる能はずむば、多數を議會に占むる内閣を見るまで幾囘更迭するも亦可なり、是れ立憲政治の發達史上殆ど免がる可からざるの經過なり、さりながら我輩の見る所に依れば[#「さりながら我輩の見る所に依れば」に白丸傍点]、政黨内閣を今日に建設するは敢て難事に非ず[#「政黨内閣を今日に建設するは敢て難事に非ず」に白丸傍点]、必ずしも絶對的多數の大政黨出づるの後を俟たざるなり[#「必ずしも絶對的多數の大政黨出づるの後を俟たざるなり」に白丸傍点]、今一人の有力なる政治家ありて[#「今一人の有力なる政治家ありて」に白丸傍点]、純然たる政黨内閣を建設せよ[#「純然たる政黨内閣を建設せよ」に白丸傍点]、絶對的多數の大政黨は[#「絶對的多數の大政黨は」に白丸傍点]、必らず此れと同時に出現せむ[#「必らず此れと同時に出現せむ」に白丸傍点]、要は斯る英斷ある政治家の自ら起つに在り[#「要は斯る英斷ある政治家の自ら起つに在り」に白丸傍点]、今の政治家動もすれば絶對的多數の大政黨なきを以て政黨内閣組織の最大要件を缺けるものといふと雖も、是れ取るに足らざる俗論のみ、蓋し絶對的多數の大政黨は[#「蓋し絶對的多數の大政黨は」に傍点]、自ら行政權を把握するの冀望あるに於て始めて出現す可し[#「自ら行政權を把握するの冀望あるに於て始めて出現す可し」に傍点]、單に立法部たる議會に於て絶對的多數の大政黨出現せむことを期するは[#「單に立法部たる議會に於て絶對的多數の大政黨出現せむことを期するは」に傍点]、是れ猶ほ搭載す可き船舶なくして[#「是れ猶ほ搭載す可き船舶なくして」に傍点]、漫に貨物を港灣に集めむとするが如し[#「漫に貨物を港灣に集めむとするが如し」に傍点]、若し眞に政黨を基礎とするの内閣を組織する政治家あれば[#「若し眞に政黨を基礎とするの内閣を組織する政治家あれば」に傍点]、主義政見の異同に依りて天下必らず二大政黨に分かれむ[#「主義政見の異同に依りて天下必らず二大政黨に分かれむ」に傍点]、二大政黨に分かれざれば[#「二大政黨に分かれざれば」に傍点]、政黨終に行政權を把握するの時期なければなり[#「政黨終に行政權を把握するの時期なければなり」に傍点]、是れ我輩が朝野の政治家に向て大に警告せむとする所なり。
※[#始め二重括弧、1−2−54]三十一※[#終わり二重括弧、1−2−55]
山縣相公閣下、既に政黨内閣の已む可からざるを認識するときは、宜しく此の大勢を利導して圓滑なる變局を謀る可し、宜しく漫に此の大勢に逆抗して立憲政治の發達を阻碍す可からず、是れ朝野の政治家が國家に負ふ所の責任に非ずして何ぞや、閣下にして自ら之れを爲さむとせば則ち之れを爲すも亦可なり、苟くも之れを爲すこと能はずむば、寧ろ他の政治家をして之れを爲し得可からしむるの疏通手段を取るに如かず、而も前者は閣下の境遇及び本領の許さゞる所たるに於て我輩は閣下に望むに、斷然後者の擧に出づるの一大決心を以てせむと欲す、之れを爲すこと極めて容易なり、唯だ内閣より退引する即ち是れのみ。
相公閣下、今の政黨内閣を難しとするものは、往々辭を絶對的多數の政黨なきに藉ると雖も、實は政黨内閣に反對して藩閥内閣を維持せむとする頑夢者流の俗論にして、彼等は中心實に政黨の支離滅裂して徒らに議會に紛爭するを喜ぶものなり、其國家の利害と人民の禍福とに付て、曾て意を致さゞるものたるは復た疑ふ可からず、夫れ今日の憂は絶對的多數の政黨なきに在らずして[#「夫れ今日の憂は絶對的多數の政黨なきに在らずして」に傍点]、能く大勢を利導して政黨内閣を建設するの一日も速かならざるに在り[#「能く大勢を利導して政黨内閣を建設するの一日も速かならざるに在り」に傍点]、伊藤侯にても善し、大隈伯にても善し、今日假りに純然たる政黨内閣を組織し見よ、天下必ず主義政見の異同に依りて二大政黨に分れむ、是れ必然の趨向にして又立憲政治に於ける當然の歸宿なり、嚮
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