ざるは他なし、進歩黨の主義政策は十年一日の如く些しの變化なければなり。近代の政治は國際競爭《ナシヨナル、ストラツグル》を本位として組織せられ、且つ運用せられつゝあり。然るに進歩黨は徹頭徹尾黨派本位の思想を以て行動しつゝあり。今や國民として成功せむとせば、國民的勢力の總べての要素を發達せしめざる可からず。國際競爭の未だ激烈ならざる時代に在ては、國内に於ける階級の爭鬪、權力の與奪は實に政治家の重なる仕事なりき。然れども近代の國際競爭は、國民的勢力の集中を必要とするが故に、階級の爭鬪、權力の與奪を目的としたる政治は、最早時代と兩立し得べからざるに至れり。其の結果として立法行政に於ける科學的組織の廣大なる發達となり[#「其の結果として立法行政に於ける科學的組織の廣大なる發達となり」に白三角傍点]、國民を一體としたる新愛國心の勃興と爲り[#「國民を一體としたる新愛國心の勃興と爲り」に白三角傍点]、從つて國民としての成功を遂げむが爲に[#「從つて國民としての成功を遂げむが爲に」に白三角傍点]、政治家は國民の心理的及び物質的強力を増加するを方針と爲さゞる可からず[#「政治家は國民の心理的及び物質的強力を増加するを方針と爲さゞる可からず」に白三角傍点]。而して此の方針に基ける政治は[#「而して此の方針に基ける政治は」に白三角傍点]、總て積極的にして消極的なるを許さず[#「總て積極的にして消極的なるを許さず」に白三角傍点]、總て統合的にして分離的なるを許さず[#「總て統合的にして分離的なるを許さず」に白三角傍点]。是の時に當り[#「是の時に當り」に白三角傍点]、進歩黨の主義綱領を見るに[#「進歩黨の主義綱領を見るに」に白三角傍点]、常に消極的にして[#「常に消極的にして」に白三角傍点]、常に積極的政策に反對し[#「常に積極的政策に反對し」に白三角傍点]、軍備擴張といへば之れに反對し[#「軍備擴張といへば之れに反對し」に白三角傍点]、地租増徴といへば之れに反對し[#「地租増徴といへば之れに反對し」に白三角傍点]、擧國一致といへば之れに反對せざるまでも之れに難癖を附け[#「擧國一致といへば之れに反對せざるまでも之れに難癖を附け」に白三角傍点]、國際競爭を本位としたる施設に對しては[#「國際競爭を本位としたる施設に對しては」に白三角傍点]、唯だ之れに反對して政府を苦むるの外[#「唯だ之れに反對して政府を苦むるの外」に白三角傍点]、何の能事なし[#「何の能事なし」に白三角傍点]。是れ豈に信を天下に得る所以ならむや[#「是れ豈に信を天下に得る所以ならむや」に白三角傍点]。
 國際競爭を本位とするの政治は、各種の專門智識と專門技術とを以て組織せられ、且つ運用せらる。故に斯くの如き政治に於ては[#「故に斯くの如き政治に於ては」に白丸傍点]、多數の國民よりも[#「多數の國民よりも」に白丸傍点]、寧ろ國民中より抽出したる少數の人才之れが指導者たらざる可からず[#「寧ろ國民中より抽出したる少數の人才之れが指導者たらざる可からず」に白丸傍点]。然るに進歩黨は往々此の少數者の意見を無視して[#「然るに進歩黨は往々此の少數者の意見を無視して」に白丸傍点]、却つて所謂る國民の輿論なるものに媚びむとするの迹あり[#「却つて所謂る國民の輿論なるものに媚びむとするの迹あり」に白丸傍点]。彼等は學者の同情[#「彼等は學者の同情」に白丸傍点]、專門家の援助を度外して偏へに選擧區の俗情を迎合するを是れ勉む[#「專門家の援助を度外して偏へに選擧區の俗情を迎合するを是れ勉む」に白丸傍点]。彼等の智辯能力なるものは[#「彼等の智辯能力なるものは」に白丸傍点]、要するに選擧區民の歡心を得るの術なるのみ[#「要するに選擧區民の歡心を得るの術なるのみ」に白丸傍点]。其の黨勢の振はざるは亦當然のみ[#「其の黨勢の振はざるは亦當然のみ」に白丸傍点]。之れに反して、政友會は智辯能力の士に富まざるに拘らず、其の主義綱領は進歩黨の其れの如くに固定せず、時としては進歩黨と均しく消極的に陷ることあるも、指導其の宜しきを得ば、必らずしも消極的政策に同意せしめ難きに非ず。其の淡泊にして與みし易き所以は、却つて其の善導し易き所以たるを見るべく、彼等が比較上政權に接近するの便宜あるは此れが爲めなり。
 されば進歩黨にして黨勢を發展せしめむとせば[#「されば進歩黨にして黨勢を發展せしめむとせば」に白丸傍点]、先づ其の主義綱領をして時勢と適合するものたらしめざる可からず[#「先づ其の主義綱領をして時勢と適合するものたらしめざる可からず」に白丸傍点]。即ち從來の消極的政策を棄てゝ[#「即ち從來の消極的政策を棄てゝ」に白丸傍点]、斷然積極的政策を執らざる可からず[#「斷然積極的政策を執らざる可からず」に白丸傍点]。顧ふに彼等の非難攻撃する官僚政治なるものは、固より多少の弊害なきに非ざるべし。其の動もすれば行政機關を過大に擴張して國費の膨脹を顧みざる傾向ある如きは其の一なり。然れども行政機關の擴張は、國際競爭より來れる必然の結果にして、到底之れを避けむとして避くべからず。唯だ一方に於て行政機關を必要の程度に擴張すると同時に[#「唯だ一方に於て行政機關を必要の程度に擴張すると同時に」に白丸傍点]、一方に於て成るべく國費を有効に使用し[#「一方に於て成るべく國費を有効に使用し」に白丸傍点]、以て濫費の弊なからしむるは[#「以て濫費の弊なからしむるは」に白丸傍点]、是れ精確なる科學的智識と行政的手腕に俟つべし[#「是れ精確なる科學的智識と行政的手腕に俟つべし」に白丸傍点]。無責任なる放言の能く爲す所にはあらず[#「無責任なる放言の能く爲す所にはあらず」に白丸傍点]。故に進歩黨にして改革の意あらば、總理の廢立よりも其の政策の上に一生面を開くの擧あるを急務とせむ。
 然れども大隈伯は漸く老ひたり。其の黨務に堪ゆるの健康は今後久しきに保つ可からず、若し伯にして進歩黨の永久なる繁榮を望むに於ては、一日も早く適當なる相續者を發見するの必要あるべきは無論なり。苟も適當なる相續者を發見するに於ては、伯亦必らず自ら喜で總理の位地を退かむ。唯だ今日未だ伯の相續者として耻しからざる首領的人物を發見する能はざるのみ。是れ黨員の苦惱煩悶する所たるのみならず、又總理大隈伯の苦惱煩悶する所たるべし。(三十九年五月)

     黨首を辭したる大隈伯

 一月第三日曜日に開きたる憲政本黨大會は、總理大隈伯の思ひ掛なき告別演説を以て、沈痛無量なる光景の間に閉ぢられたりき。伯は豫告なくして突然辭職の述懷を爲したるがゆゑに、内心伯の退隱を希望し居たる儕輩も、事の意表に出でたるに錯駭して、頗る擧措を失したるものゝ如し。顧ふに伯が辭職を申出でたる所以は、單に一身上の自由を欲すといふに過ぎずして、他に特別の理由あるを認めざるも、深く其の語る所を玩味せば、今日伯をして自ら辭意を表明するに至らしめたる動機の存するもの固より之れなきに非ず[#「今日伯をして自ら辭意を表明するに至らしめたる動機の存するもの固より之れなきに非ず」に白三角傍点]。
 伯は一面に於て本黨發展の路を開かむが爲に總理を辭するを必要なりと唱へつゝ、一面に於ては總理を辭するも决して本黨を去らずと斷言せり。則ち其の辭職なるものは唯だ形式的退隱たるに止まり[#「則ち其の辭職なるものは唯だ形式的退隱たるに止まり」に白丸傍点]、伯の猶ほ間接にも直接にも本黨との關係を絶つの意なきや無論なるべし[#「伯の猶ほ間接にも直接にも本黨との關係を絶つの意なきや無論なるべし」に白丸傍点]。且つ伯が政治を生命と爲し[#「且つ伯が政治を生命と爲し」に白丸傍点]、總理を辭すとも决して政治的活動を中止せずと言明したるを見れば[#「總理を辭すとも决して政治的活動を中止せずと言明したるを見れば」に白丸傍点]、伯の辭職を求むる理由は殆ど解すべからず[#「伯の辭職を求むる理由は殆ど解すべからず」に白丸傍点]。伯は本黨に總理たるも總理たらざるも舊に仍りて政治的活動を繼續せむとす。知らず本黨總理として正々堂々政治的活動を繼續するの何故に本黨に利あらずとするか。此の點よりいへば伯は無意義の辭職を申出でて[#「伯は無意義の辭職を申出でて」に白三角傍点]、徒らに黨員の感情を惑亂せしめたるに似たるも[#「徒らに黨員の感情を惑亂せしめたるに似たるも」に白三角傍点]、實は伯の心奧に感慨自ら禁ぜざるものあり[#「實は伯の心奧に感慨自ら禁ぜざるものあり」に白三角傍点]、乃ち名を辭職に藉て一大警告を黨員に與へむと欲したるに外ならじ[#「乃ち名を辭職に藉て一大警告を黨員に與へむと欲したるに外ならじ」に白三角傍点]。
 伯は黨則改正黨勢擴張に關する大會の討論を評して、本黨の大活動と爲し、口を極めて英氣の勃々たるを激賞したりと雖も、今其の所謂る黨則改正なるを見るに、從來の首領政治を廢せむが爲に、之れに代ゆるに合議制度を以てしたるのみ、是れ總理大隈伯に對する信任缺乏の投票に非ずして何ぞや[#「是れ總理大隈伯に對する信任缺乏の投票に非ずして何ぞや」に白丸傍点]。伯は自ら謙遜して黨勢の振はざる原因を伯の微力爲すなきに歸すと雖も、本黨の僅に存在するを得るは、唯だ大隈伯あるを以てなり。伯は本黨に何の負ふ所なきも、本黨は全く伯の理想に依て活けり。若し本黨より伯の理想を拔き去らば[#「若し本黨より伯の理想を拔き去らば」に白三角傍点]、本黨の實體は次第に腐敗して終に※[#「さんずい+斯」、第3水準1−87−16]滅するの時あらむ[#「本黨の實體は次第に腐敗して終に※[#「さんずい+斯」、第3水準1−87−16]滅するの時あらむ」に白三角傍点]。又何ぞ黨勢の盛衰を言ふの遑あらむや[#「又何ぞ黨勢の盛衰を言ふの遑あらむや」に白三角傍点]。然るに今や本黨は[#「然るに今や本黨は」に白丸傍点]、大隈伯の理想に叛逆するものを以て多數を占め[#「大隈伯の理想に叛逆するものを以て多數を占め」に白丸傍点]、其の結果は直に黨則改正の上に現はれて[#「其の結果は直に黨則改正の上に現はれて」に白丸傍点]、首領政治の組織を破壞せむと企てたり[#「首領政治の組織を破壞せむと企てたり」に白丸傍点]。是れ本黨自ら衰亡に進むの凖備のみ[#「是れ本黨自ら衰亡に進むの凖備のみ」に白丸傍点]。伯豈今昔を俯仰して感慨に堪へむや[#「伯豈今昔を俯仰して感慨に堪へむや」に白丸傍点]。
 抑も大隈伯の理想は、國民の代表機關を完全に運用して、英國風の憲政を日本に扶植せむとするに在り。伯は曾て此の理想によりて改進黨を組織し、進歩黨を指導し、又現に憲政本黨を率ゐ來たれり。伯は固より單純なる批評家を以て自ら居らむとするものに非ざるべく、苟も其の懷抱する理想にして實現するを得るの成算あるに於ては、進むで政權に接近するも亦敢て避くる所に非ざるべし。然れども伯は政權に接近するの前に於て[#「然れども伯は政權に接近するの前に於て」に白丸傍点]、先づ國民の輿望を要求せり[#「先づ國民の輿望を要求せり」に白丸傍点]。國民の輿望を要求するが爲に[#「國民の輿望を要求するが爲に」に白丸傍点]、先づ主義によりて政黨の性格を鮮明ならしめむと努めたり[#「先づ主義によりて政黨の性格を鮮明ならしめむと努めたり」に白丸傍点]。初め西園寺内閣の成るや、伯は首相の人と爲りに對して多少の同情を表したりしも、其の施設の漸く伯の信ずる所と違ふや、伯の批評的態度は一變して露骨なる攻撃者の位地に立つに至れり。何となれば伯は西園寺内閣を目して、全く官僚團の勢力に支配せられ、最早一政黨を代表したる面目の以て中外に示すに足るものあらずと爲したるがゆゑなり。伯は官僚政治を認めて、憲政の健全なる發達に害ありと信ずる人なり。故に偏へに政權に接近せむが爲に[#「故に偏へに政權に接近せむが爲に」に白三角傍点]、主義の消長を顧みずして官僚團と結托するは其の甚だ喜ばざる所なり[#「主義の消長を顧みずして官僚團と結托するは其の甚だ喜ばざる所なり」に白三角傍点]。伯は斯くの如き行動を以て政黨
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