に光被せしめんとせり」に白丸傍点]。侯は日本の韓國を保護するは之れを亡ぼす所以に非ずして[#「侯は日本の韓國を保護するは之れを亡ぼす所以に非ずして」に白丸傍点]、却つて其の興國の要素を開發せしむる所以なるを韓民に教へむとせり[#「却つて其の興國の要素を開發せしむる所以なるを韓民に教へむとせり」に白丸傍点]。侯は文明式の行政と[#「侯は文明式の行政と」に白丸傍点]、平和の經世術とに依りて韓國の秩序を整調し[#「平和の經世術とに依りて韓國の秩序を整調し」に白丸傍点]、韓民の生活状態を一變し[#「韓民の生活状態を一變し」に白丸傍点]、以て韓國の歴史に新性格を賦與せんと企てたり[#「以て韓國の歴史に新性格を賦與せんと企てたり」に白丸傍点]、侯は領土擴張の主義を含める覇道を排斥して[#「侯は領土擴張の主義を含める覇道を排斥して」に白丸傍点]、誠心誠意に王道を以て李家の天下を綏むずるに外ならざるを皇帝に領會せしめむと努めたり[#「誠心誠意に王道を以て李家の天下を綏むずるに外ならざるを皇帝に領會せしめむと努めたり」に白丸傍点]。約言せば侯の爲す所は韓國の上下をして日韓協約の意義を善意に解釋せしめ[#「約言せば侯の爲す所は韓國の上下をして日韓協約の意義を善意に解釋せしめ」に白丸傍点]、疑はず[#「疑はず」に白丸傍点]、惑はず[#「惑はず」に白丸傍点]、恐れずして全く日本政府に信頼せしむるを計るに在り[#「恐れずして全く日本政府に信頼せしむるを計るに在り」に白丸傍点]。
勿論韓國は事實に於て日本の殖民地なり。然れども侯は日本人をして韓國の利益を壟斷せしむる如き何等の偏頗なる政略を行使せず總ての外國人に對して機會均等主義を適用せり。侯は寧ろ居留日本人の取締を嚴重にすること度に過ぎたりと非難せられたりき。蓋し日本政府の對韓策は、二十年來一貫して始終渝る所なく、常に正義と友誼とを以て、韓國の平和及び文明を發達せしむるに力を致したると共に、又韓國に於ける日本の權利及び利益を保護するを旨としたりき。而も此政策は、韓國に出入する不道徳の日本人に障害せられて、十分韓民に徹底せざりしこと往々之れありしのみならず、極言せば韓民の日本に對する惡感情は、主として韓國に出入する日本人の行爲に基くもの多かりき。是れ伊藤侯が特に居留日本人の取締を嚴重にして[#「是れ伊藤侯が特に居留日本人の取締を嚴重にして」に白三角傍点]、公明正大なる日本政府の措置を中外に彰表し[#「公明正大なる日本政府の措置を中外に彰表し」に白三角傍点]、以て韓民の心を安むじ[#「以て韓民の心を安むじ」に白三角傍点]、併せて關係列國に平靜を與へむと欲する所以なるべし[#「併せて關係列國に平靜を與へむと欲する所以なるべし」に白三角傍点]。要するに侯が韓國統監としての第一用意は日本に對する韓國上下の誤解を排除するに在るものゝ如し。是れ易きに似て實は最も難儀なる仕事なれども、世間多くは侯の用意を是認し、且つ侯の老練と聲望とを以てして必らず成功に到達するの時期あるを信ぜり。
然るに本年五月、侯が凱旋大觀兵式に參列せむが爲に歸朝したるまゝ、月を越えて東京に淹流するに乘じ、韓國の各地に宮中の隱謀と關聯したる暴動は起れり。而して其の頭目とも見るべきは、多少韓國に名を知られたる閔宗植、崔益鉉、柳麟湯の輩にして、中に就き崔益鉉の如きは韓國屈指の碩儒と稱せらる。彼等の揚言する所に依れば、彼等は皆宮中より賜はれる馬牌、鍮尺を有し、皇帝の密勅を奉じて協約の實行を妨ぐるの同盟を爲せりといふに在り。更に事實を究むるに、内官姜錫鎬及び參領李敏和の二人相謀り[#「内官姜錫鎬及び參領李敏和の二人相謀り」に白三角傍点]、妖僧金升文を皇帝に引見せしめて無稽の惑言を爲さしめ[#「妖僧金升文を皇帝に引見せしめて無稽の惑言を爲さしめ」に白三角傍点]、終に皇帝を動かして[#「終に皇帝を動かして」に白三角傍点]、宮廷を暴動の策源地たらしむるに至れりと信ぜらる[#「宮廷を暴動の策源地たらしむるに至れりと信ぜらる」に白三角傍点]。是に於て韓國皇帝は依然として人格上の一問題たり[#「是に於て韓國皇帝は依然として人格上の一問題たり」に白三角傍点]。
由來韓國の憂は政令二途に出づるに在り。是れ宮中府中の別明かならざるに由れるは論なしと雖も、之れをして然らしむる所以のものは[#「之れをして然らしむる所以のものは」に白丸傍点]、單に其の制度の確立せざるが爲めのみに存せずして[#「單に其の制度の確立せざるが爲めのみに存せずして」に白丸傍点]、實に韓國皇帝其の人の陰謀好きなるに在り[#「實に韓國皇帝其の人の陰謀好きなるに在り」に白丸傍点]。皇帝は不幸にして陰謀の外何事をも見聞せず、又其の性格は陰謀に適するやうに造られたり。其の言語の才は能く人を籠絡するに足り、其の反覆表裏の心術は巧に權變を弄するに足り、而して其の小事に聰明にして大局に瞹昧なるは、奸小の徒をして最も玉座に親近し易からしむ。故に韓國皇帝の人格上に不思議なる變化を見ざる限りは[#「故に韓國皇帝の人格上に不思議なる變化を見ざる限りは」に白丸傍点]、たとひ宮中府中の權域を法定すと雖も[#「たとひ宮中府中の權域を法定すと雖も」に白丸傍点]、之れに依りて全く韓國の寧靖を期するは容易ならずと謂ふべし[#「之れに依りて全く韓國の寧靖を期するは容易ならずと謂ふべし」に白丸傍点]、何となれば韓國に於ては[#「何となれば韓國に於ては」に白丸傍点]、皇帝は唯一の政治家にして[#「皇帝は唯一の政治家にして」に白丸傍点]、曾て各大臣の補弼を藉りたることなきのみならず[#「曾て各大臣の補弼を藉りたることなきのみならず」に白丸傍点]、常に各大臣を操縱し[#「常に各大臣を操縱し」に白丸傍点]、若しくは之れを掣肘して内閣の統一を困難ならしめ[#「若しくは之れを掣肘して内閣の統一を困難ならしめ」に白丸傍点]、延て各大臣をして互ひに狐疑せしめ[#「延て各大臣をして互ひに狐疑せしめ」に白丸傍点]、互ひに皇帝の寵遇を爭はしめ[#「互ひに皇帝の寵遇を爭はしめ」に白丸傍点]、其の極内閣をして亦同じく陰謀の府たらしむるに過ぎざればなり[#「其の極内閣をして亦同じく陰謀の府たらしむるに過ぎざればなり」に白丸傍点]。
侯が今次の暴動を使嗾するものゝ宮中に伏在するを見て、必らず宮中を肅清すべしと誓ひ、決然として韓國に向ひたるは甚だ人意を強うするに足りき。侯の京城に入るや、直に皇帝に謁見して宦官閹竪の皇室を誤まるを痛言すること二時間に亙り、直に勅許を得て宮中肅清に著手し、一夜にして王宮の各外門は悉く警務部の日本巡査に依て守備せらるゝを見たり。宮禁令は發布せられたり、其の結果として雜輩の出入は嚴禁せられ、禮式院長李容泰は禁令違反の罪に問はれて免職せられたり。是れと同時に奸魁處罰の詔勅は出でたり、皇帝は李敏和を以て人材の選擇を誤り國體を損失したりとし、姜錫鎬を以て中間に在りて周旋の勞を執り、共に罪状を極むとし、法部をして速に拿捕せしめ、宜しく懲犯すべしと宣へり。姜等の罪状は果して皇帝の與知せざる所なるか[#「姜等の罪状は果して皇帝の與知せざる所なるか」に白三角傍点]。皇帝は又宮中肅清に關し、詔して曰く、宮中の肅清は、屡々勅諭を下して之れを誡めたるに、久しければ輙ち懈弛して秩序を紊るの失態を見ると。知らず皇帝は曾て宮中肅清を誡めたることあるか[#「知らず皇帝は曾て宮中肅清を誡めたることあるか」に白三角傍点]。
此の間に於ける伊藤侯の措置は實に迅雷疾風の如くなりき。韓國の上下震慴して、殆ど其の爲す所を知らざるの状想ふ可し。侯の初めに綏撫手段を採りたるもの、今や一轉して壓威手段を執るの止むを得ざるに至れり。斯くの如く侯が前後全く別人に似たるの擧に出でたるは、以て侯の決心の頗る固きものあるを知るべく、侯若し此の機會に於て韓國皇帝の人格を研究せば、其の發明する所亦必らず多からん。顧ふに宮中肅清の事たる、從來日本政府が施政の改善を助言する毎に、先づ第一に之れを勸むるを例とせり。然れども皇帝自ら正うせずして宮廷の正しかるべきやうなく[#「然れども皇帝自ら正うせずして宮廷の正しかるべきやうなく」に白丸傍点]、特に韓國皇帝は最も夜の趣味に感ずること深きがゆゑに[#「特に韓國皇帝は最も夜の趣味に感ずること深きがゆゑに」に白丸傍点]、魑魅魍魎は時を得顏に君側を徘徊して毒焔を煽ぐに於て[#「魑魅魍魎は時を得顏に君側を徘徊して毒焔を煽ぐに於て」に白丸傍点]、宮中の肅清何を以て行はれむや[#「宮中の肅清何を以て行はれむや」に白丸傍点]。所詮陰謀は韓國皇帝の附き物なり[#「所詮陰謀は韓國皇帝の附き物なり」に白丸傍点]。雜輩の出入は之れを禁じ得べしと雖も[#「雜輩の出入は之れを禁じ得べしと雖も」に白丸傍点]、宮廷の陰謀は終に之れを根絶す可からず[#「宮廷の陰謀は終に之れを根絶す可からず」に白丸傍点]。今日宮門の警衞を如何に嚴重にするとも[#「今日宮門の警衞を如何に嚴重にするとも」に白丸傍点]、陰謀は外より來らずして内より發生するを如何せむ[#「陰謀は外より來らずして内より發生するを如何せむ」に白丸傍点]。區々たる門鑑に依りて之れを防遏せむとするは寧ろ或は徒勞に屬するなきを得むや[#「區々たる門鑑に依りて之れを防遏せむとするは寧ろ或は徒勞に屬するなきを得むや」に白丸傍点]。
然らば韓國宮廷の陰謀を根絶するに策なきか、曰く是れ有り、唯だ時間の力[#「時間の力」に二重丸傍点]是れのみ。即ち陰謀を其の發生するに一任し、而して其の發生を檢出する毎に之れを鎭壓し、漸次に其の醗酵力の消滅するを待つのみ。夫れ韓國の禍源は群小に非ず、雜輩に非ず、大臣の無能に非ずして、皇帝の人格に在り。韓國問題は政治上に於ては既に解決せられたりと雖も、其の禍源は猶ほ依然として皇帝の人格に存す。苟も韓國保護の實効を奏せんとするに於ては、時間は必らず最後の斷案を皇帝の人格に下だすに至らむ[#「時間は必らず最後の斷案を皇帝の人格に下だすに至らむ」に白三角傍点]。要するに伊藤侯の成功の遲速は[#「要するに伊藤侯の成功の遲速は」に白三角傍点]、此の時間の到來の遲速に在りと認むべきのみ[#「此の時間の到來の遲速に在りと認むべきのみ」に白三角傍点]。(三十九年八月)
伊藤侯、クローマー、及びラネツサン
現代に於て、保護國の統治者として最も成功したる人を問はば、第一に英國のクローマー男を指名し、次に佛國のラネツサン氏を以て答ふるもの多かるべし。クローマー男の埃及に於ける位地は、僅に英國總領事兼外交事務官たるに過ぎざりき。又英國の埃及に對する保護權は、公然法律を以て設定せられたるにはあらざりき。而もクローマー男は二十餘年間の拮据經營によりて、英國の埃及保護を既成事實として列國に承認せしめたりき。佛國の殖民政策は大抵失敗の歴史を有すれども、比較的効果を擧げつゝあるものは、印度支那に於ける保護政治なりとす。而して其の功勞は主として之をラネツサン氏に歸せざるべからず。我が伊藤統監を以て此の二人に比するは、未だ其の時機を得たるものに非ずと雖も、侯が日本に於て最初の保護國統治者たる名譽を得たると共に、其の韓國に施設する所は、事の大小を問はず、均しく内外の注目を集中すること、恐らくはクローマー男にも將たラネツサンにも過ぐるものあるべし。况むや侯は政治家としての聲望固より夐に此の二人の上に出づるをや。
クローマー男は模範英人ともいふべき實行家にして、其の精敏堅實なる事務的能力は、埃及に於ける諸般の施設に顯はれたる成績能く是を證明せり。彼は高遠なる理想を以て埃及を指導するよりも、直に手を眼前の行政事務に下だして、實際上より之れを改良するの得策なるを知りて、先づ灌漑工事を興して水利を治めたりき。是れ埃及の唯一財源は耕地の收穫に在るが故に、治水を以て財政整理の前提と爲さむとするに外ならざりき。此成算は果して誤らずして財政漸く整理の緒に就き、公債を償還し徭役を全廢し、窮民地方の地租十分の三を輕減したるも猶ほ豫算に剩餘を見た
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