爭ふの時期を待つの國家國民の利たるに如かずと」に白三角傍点]。以て公の志の在る所を知るべし[#「以て公の志の在る所を知るべし」に白三角傍点]。
 余は二十八年二月雜誌『精神』の董刊を公より託せられ、爾來重大なる問題起る毎に、公の意見を聽くの機會に接すること益々多かりき。後ち精神を改題して『明治評論』と爲すや、公は其の立案に成れる『朝黨野黨』と題する一論文を余に與へて、其の初刊の紙上に掲げしめたり。當時伊藤内閣は自ら稱して超然内閣といひしに拘らず、竊に自由黨と提携し、又別に國民協會をも收攬して内閣の黨援と爲さむとし、其の旗幟甚だ鮮明を缺きたるのみならず、動もすれば内部の調和を謀るに急なるが爲に、彌縫と姑息とを事とするの状あり。而して在野黨の如きも、各派互ひに相分立して、一大政黨を組織するに至らず、隨つて其の在野黨としての勢力毫も發展する所あるを見ざりき。公乃ち伊藤首相に向ては、其の宜しく超然主義を棄て[#「其の宜しく超然主義を棄て」に白三角傍点]、純粹なる政府黨を作り[#「純粹なる政府黨を作り」に白三角傍点]、以て其の旗幟を鮮明にすべきを勸め[#「以て其の旗幟を鮮明にすべきを勸め」に白三
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