明治人物月旦(抄)
鳥谷部春汀

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)陶鑄力《クリスタリゼーシヨン》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#白ゴマ、1−3−29]

/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)いろ/\揣摩憶測をする
*濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」
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   公爵 伊藤博文

     個人としての伊藤侯と大隈伯

 伊藤侯と大隈伯とは當代の二大政治家なり、隨て其人物に對する批評の紛々たるは亦此侯と此伯を以て最も多しとす。是れ其の個人としての性格未だ明かならざるに由る[#「其の個人としての性格未だ明かならざるに由る」に白丸傍点]。故に之を觀察して甲乙性格の異同を對照するは實に多少の趣味なからんや。
 概していへば、伊藤侯と大隈伯とは互ひに相似たる所之れなきに非ず。才を愛し士を好むは相似たり[#「才を愛し士を好むは相似たり」に白ゴマ傍点]※[#白ゴマ、1−3−29]辭令に嫻ひ談論に長ずるは相似たり[#「辭令に嫻ひ談論に長ずるは相似たり」に白ゴマ傍点]※[#白ゴマ、1−3−29]莊重にして貴族的姿致あるは相似たり[#「莊重にして貴族的姿致あるは相似たり」に白ゴマ傍点]※[#白ゴマ、1−3−29]博覽多識にして思想富贍なるは亦相似たり[#「博覽多識にして思想富贍なるは亦相似たり」に白ゴマ傍点]※[#白ゴマ、1−3−29]然れども同中固より異質なくむばあらじ。
 大隈伯の思想は經驗より結撰し來る[#「經驗より結撰し來る」に白丸傍点]※[#白ゴマ、1−3−29]故に其の開展するや歸納法の形式[#「歸納法の形式」に白丸傍点]を具ふ※[#白ゴマ、1−3−29]伊藤侯の思想は讀書より結撰し來る[#「讀書より結撰し來る」に白丸傍点]※[#白ゴマ、1−3−29]故に其の開展するや演繹法の形式[#「演繹法の形式」に白丸傍点]を具ふ※[#白ゴマ、1−3−29]大隈伯固より讀書を嗜む※[#白ゴマ、1−3−29]然れども抽象的理論よりも寧ろ具象的事實[#「具象的事實」に白丸傍点]を貴ぶ※[#白ゴマ、1−3−29]伊藤侯固より經驗を非認せざる可し※[#白ゴマ、1−3−29]然れども侯の得意とする所は寧ろ學理[#「學理」に白丸傍点]に在りて事實[#「事實」に白丸傍点]に存せじ、是れ其の均しく博覽多識なるに拘らず、一は最も經濟[#「經濟」に白丸傍点]に精しく、一は最も立法[#「立法」に白丸傍点]に長ずる所以なり。
 伊藤侯は公卿華族[#「公卿華族」に白丸傍点]の如く、大隈伯は大名華族[#「大名華族」に白丸傍点]の如し※[#白ゴマ、1−3−29]故に莊重の中に優美を寓す[#「莊重の中に優美を寓す」に白ゴマ傍点]るは伊藤侯にして、莊重にして且つ豪華[#「莊重にして且つ豪華」に白丸傍点]なるは大隈伯なり※[#白ゴマ、1−3−29]伊藤侯は威儀を修めて未だ雋俗ならず[#「威儀を修めて未だ雋俗ならず」に白丸傍点]※[#白ゴマ、1−3−29]大隈伯は偉觀を求めて終に閑雅の風に乏し[#「偉觀を求めて終に閑雅の風に乏し」に白丸傍点]※[#白ゴマ、1−3−29]大隈伯に逢ふものは、其の敬す可くして狎る可からざる[#「敬す可くして狎る可からざる」に白丸傍点]を思ひ、伊藤侯に接するものは、其の悦ぶ可くして畏る可からざる[#「悦ぶ可くして畏る可からざる」に白丸傍点]を感ず※[#白ゴマ、1−3−29]是れ其の均しく貴族的姿致あるに拘らず、一は武骨[#「武骨」に白丸傍点]を以て勝ち、一は文采[#「文采」に白丸傍点]を以て優る所以なり。
 伊藤侯の辭令は滑脱婉麗にして些の圭角なし[#「滑脱婉麗にして些の圭角なし」に白丸傍点]、以て夜會の酬接に用ゆ可く※[#白ゴマ、1−3−29]大隈伯の辭令は機鉾鏃々として應答太だ儁[#「機鉾鏃々として應答太だ儁」に白丸傍点]、以て戰國の外交に用ゆ可し※[#白ゴマ、1−3−29]其の言を發して情致あるは[#「言を發して情致あるは」に白丸傍点]伊藤侯の長所にして、其の語を行ること奇警なるは[#「語を行ること奇警なるは」に白丸傍点]大隈伯の妙處なり※[#白ゴマ、1−3−29]若し夫れ談論滔々として竭きざるの概に至ては、未だ遽かに軒輊し難きものありと雖も、伊藤侯の音吐朗徹聲調抑揚あるは[#「音吐朗徹聲調抑揚あるは」に白丸傍点]、演壇の雄辯[#「演壇の雄辯」に白丸傍点]として大隈伯に優ること一等※[#白ゴマ、1−3−29]唯だ精明深刻舌端に霜氣あり[#「精明深刻舌端に霜氣あり」に白丸傍点]、座談久うして益々聽者を倦ましめざる[#「座談久うして益々聽者を倦ましめざる」に白丸傍点]は是
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