れ寧ろ大隈伯の特絶にして、其の一たび佳境に到れば、眉目軒昂英氣颯爽として滿座皆動く※[#白ゴマ、1−3−29]故に大隈伯の雄辯は對話[#「對話」に白丸傍点]に適し、伊藤侯の雄辯は公會[#「公會」に白丸傍点]に利あり。
 才を愛し士を好むに於て、伊藤侯と大隈伯とは共に他の元勳諸公に過ぐ※[#白ゴマ、1−3−29]故に其の門下生に富むも亦實に當代に冠たり※[#白ゴマ、1−3−29]然れども伊藤侯の愛好するものは、柔順御し易きの徒[#「柔順御し易きの徒」に白丸傍点]に非むば巧慧※[#「にんべん+鐶のつくり」、3−下−27]薄[#「巧慧※[#「にんべん+鐶のつくり」、3−下−27]薄」に白丸傍点]の輩多し※[#白ゴマ、1−3−29]大隈伯は然らず、伯は唯だ人を智に取りて其の清濁を論ぜず[#「智に取りて其の清濁を論ぜず」に白丸傍点]※[#白ゴマ、1−3−29]故に愚者を近けざるの外一藝一能あるものは勉めて之れを容れんとす※[#白ゴマ、1−3−29]量に於ては大隈伯確かに伊藤侯の上に出るを見る※[#白ゴマ、1−3−29]蓋し伊藤侯は勉めて他の信服を求むと雖も[#「伊藤侯は勉めて他の信服を求むと雖も」に白丸傍点]、未だ意氣を以て人を感ぜしめたるを聞かず[#「未だ意氣を以て人を感ぜしめたるを聞かず」に白丸傍点]※[#白ゴマ、1−3−29]天下知己の恩あり、一たび之れに浴するものは爲に死を致さむことを思ふ※[#白ゴマ、1−3−29]然れども知己の恩は私恩に同じからず※[#白ゴマ、1−3−29]私恩を介するものは概ね利害にして、知己の恩は則ち意氣を通じて來る※[#白ゴマ、1−3−29]或はいふ侯は私恩を賣るに巧みなりと※[#白ゴマ、1−3−29]夫れ私恩は以て面從を得可く、以て信服を求む可からず※[#白ゴマ、1−3−29]而も面從一變すれば主を噬むの狗となり、獅子身中の蟲となる※[#白ゴマ、1−3−29]唯だ侯の聰明能く此の憂を免かるるのみ※[#白ゴマ、1−3−29]顧みて大隈伯を見るに、伯は必ずしも信服を人に求めずと雖も[#「伯は必ずしも信服を人に求めずと雖も」に白丸傍点]、其の自ら來て信服するものは[#「其の自ら來て信服するものは」に白丸傍点]、亦善く之を用ひ善く之れを導く[#「亦善く之を用ひ善く之れを導く」に白丸傍点]※[#白ゴマ、1−3−29]是れ其伊藤侯と大に異同ある所以なり。
 大隈伯の特質として最も著明なるは、精神常に活動して老て益々壯んなるに在り[#「精神常に活動して老て益々壯んなるに在り」に白丸傍点]※[#白ゴマ、1−3−29]伯曾て人に語て曰く、隱居制度は亡國の條件なりと※[#白ゴマ、1−3−29]其の春秋漸く高くして壯心次第に加はる如き、其の向上精進毫も保守の念なき如き、其の冀望抱負常に新たなるが如き、伯は實に天性進歩主義の人物なり[#「伯は實に天性進歩主義の人物なり」に白丸傍点]※[#白ゴマ、1−3−29]伯の進歩主義は獨り政治上の智識より出でたるに非ずして[#「伯の進歩主義は獨り政治上の智識より出でたるに非ずして」に白丸傍点]、即ち伯の生命なり[#「即ち伯の生命なり」に白丸傍点]、伯の理想なり[#「伯の理想なり」に白丸傍点]※[#白ゴマ、1−3−29]之れを伊藤侯の動もすれば林下退隱の状を爲すに比す、則ち本領の甚だ差別あるを知るに足る※[#白ゴマ、1−3−29]伯又口を開けば常に自由競爭[#「自由競爭」に白丸傍点]を語る※[#白ゴマ、1−3−29]自由競爭は乃ち伯の人生觀たる莫らんや※[#白ゴマ、1−3−29]人生既に自由競爭の運命ありとせば、優勝劣敗は天則にして、世界は優者の舞臺なり※[#白ゴマ、1−3−29]伯の老て益々壯んなるは顧ふに之れが爲のみ。
 伊藤侯の特質として最も著明なるは、風流韻事自ら高しとするに在り[#「風流韻事自ら高しとするに在り」に白丸傍点]※[#白ゴマ、1−3−29]暇あれば必ず詩人を邀へて共に煙霞を吐納し、筆墨を揮灑す※[#白ゴマ、1−3−29]是れ胸中の閑日月を示さんとすればなり※[#白ゴマ、1−3−29]大隈伯は伊藤侯の風流韻事なく、未だ詩を作り文を品するの談あるを聞かずと雖も、伯の嗜好は反つて一種瀟脱の天地に存するものあり※[#白ゴマ、1−3−29]何ぞや、曰く園藝に對する嗜好[#「園藝に對する嗜好」に白丸傍点]是れなり※[#白ゴマ、1−3−29]伯は園藝を以て啻に一身を樂ましむるのみならず、亦交際を醇潔にし、人心を調和し、道心を養ふの益ありと信ぜり※[#白ゴマ、1−3−29]伯曾て客に戲れて言ふ、世間予の庭園に耽るを笑ふものあれども、彼の千金棄擲解語の花を弄するものと得失孰れぞやと※[#白ゴマ、1−3−29]要するに伊藤侯の風流は東洋的[#「東洋的」に白丸傍点]にして、大隈伯の嗜好は西
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