ふ。彼れが伊藤侯の勸誘に應じて政友會に入り、以て不慣れなる政治劇の舞臺に立つに至りしは、唯だ伊藤侯其人に傾倒せるが爲めなりと聞く。伊藤侯が先年加賀地方を遊説したるに際し、彼れは初めて伊藤侯の謦咳に接すると同時に、遽かに侯の崇拜家と爲りたるものゝ如し。彼れ政友會に入るに臨み、極めて正直に、有りのまゝに、自己の心事を人に語りて曰く、我家の資産は[#「我家の資産は」に傍点]、祖先が政治上に於て獲得したるものなり[#「祖先が政治上に於て獲得したるものなり」に傍点]。乃ち之れを政治上に於て蕩盡するも亦憾みなしと[#「乃ち之れを政治上に於て蕩盡するも亦憾みなしと」に傍点]。奇男子なるかな[#「奇男子なるかな」に傍点]。
都筑馨六氏[#「都筑馨六氏」に丸傍点]が政友會の創立委員たるも亦一異色たるを見る。何となれば、彼れは最も黨人を忌み、政黨を嫌ひ、政治上に於ては極端の保守主義を持するを以て、曾て屬僚中の頑冥派なりとの目ありたればなり。憲政黨内閣の成るや、彼れは大隈伯を訪ふて憲法上の論端を開き、帝國の憲法と政黨内閣とは決して兩立す可からざる所以を切論して、大隈伯の持論を打破せむと試みたるほどの熱心なる非政黨内閣論者なり。彼れ又曾て人に語りて曰く、大隈伯は其品性識量共に立派なる政治家なり。唯だ其の周圍を叢擁する者は、大抵無頼野性の黨人にして、伯の徳を累はすものたらざるなし。伯が此等の黨人を相手として國事を謀るの意甚だ解す可からずと。其の黨人を視るや殆ど蛇蝎の如し。今や政友會には最惡最劣の黨人頗る多くして[#「今や政友會には最惡最劣の黨人頗る多くして」に傍点]、清流の士皆※[#「戚/心」、第4水準2−12−68]顰を禁ずる能はざるに拘らず[#「清流の士皆※[#「戚/心」、第4水準2−12−68]顰を禁ずる能はざるに拘らず」に傍点]、彼れは此輩と相追隨して前進せむとするは豈奇ならずや[#「彼れは此輩と相追隨して前進せむとするは豈奇ならずや」に傍点]。知らず彼れは其の主張を棄てゝ政黨に降りし乎。將た其の岳父井上伯が伊藤侯を援助するが爲に、義に於て政友會に入らざるを得ざるの事情ある乎。
西園寺公望侯[#「西園寺公望侯」に丸傍点]、渡邊國武子[#「渡邊國武子」に丸傍点]、金子堅太郎男[#「金子堅太郎男」に丸傍点]の三氏に至ては、是れ純然たる伊藤侯の門下生なれば、則ち侯と進退趨舍を倶にするは亦怪む可きなし。大岡育造氏[#「大岡育造氏」に丸傍点]は、曾て國民協會を自由黨に合同せしめて、伊藤侯を其の首領たらしめんと試みたる策士にして、侯の今囘發起せる政友會の創立委員たるは、其の最も滿足とし、榮譽とする所たるは無論なる可し。渡邊洪基氏[#「渡邊洪基氏」に丸傍点]は一たび伊藤侯の四天王の一人なりと稱せられたる人なり。其志を政界に得ざるや、乃ち身を實業社會に投じて久しく政治的野心を抑損し、隨つて侯と彼れとの關係は次第に杳遠と爲りつゝありしと雖も、侯の政友會を組織するに及び[#「侯の政友會を組織するに及び」に傍点]、成る可く多く舊政友を糾合するの必要あると[#「成る可く多く舊政友を糾合するの必要あると」に傍点]、渡邊氏と實業社會との間には多少の連絡あるを以て[#「渡邊氏と實業社會との間には多少の連絡あるを以て」に傍点]、彼を通じて實業家を招徠するの必要あるとに依りて[#「彼を通じて實業家を招徠するの必要あるとに依りて」に傍点]、殆ど相忘れむとしたる一門下生に復舊を求めて[#「殆ど相忘れむとしたる一門下生に復舊を求めて」に傍点]、之を政友會創立委員の一人に指名したりき[#「之を政友會創立委員の一人に指名したりき」に傍点]。長谷場純孝氏[#「長谷場純孝氏」に丸傍点]の創立委員に加へられたるは、彼れが薩派を代表するが爲めにして、彼に取ては寧ろ望外の榮譽なる可し。彼れは思想に於ても、感情に於ても、若くは其の人格に於ても決して伊藤侯に容れらる可き點を有せず。其の容れられたるは[#「其の容れられたるは」に傍点]、是れ侯が彼れの代表權に重きを置きたる證なればなり[#「是れ侯が彼れの代表權に重きを置きたる證なればなり」に傍点]。
(四)歸化したる敵將
伊藤侯は勉めて各種の要素を收容せむと欲し、敵黨の人物と雖も來るものは之を拒まざるの概を示したり。此を以て新を喜び舊を厭ふの輕佻者流、若くは侯の資望勢力に依りて萬一の倖進を冀ふものは、爭ふて政友會に赴きたり。獨り進歩黨の領袖として、操守堅固の壯年政治家として議院の内外に高名なりし尾崎行雄氏[#「尾崎行雄氏」に丸傍点]が十數年以來利害苦樂を共にせる政友に別れて、一人の知己を有せざる政友會に投じたる行動の如きは、一個未了の疑問として政界に存在せり。されど余を以て之れを觀れば、彼れの行動は極めて單純なる目的に出でたるに外なら
前へ
次へ
全125ページ中15ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
鳥谷部 春汀 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング