もあり[#「社會は自己の理想より進歩して居ることもあり」に白丸傍点]、後れて居ることもあつて[#「後れて居ることもあつて」に白丸傍点]、平行して居ることは少ないものだから[#「平行して居ることは少ないものだから」に白丸傍点]、理想家は何うかすると社會の孤兒となるのである[#「理想家は何うかすると社會の孤兒となるのである」に白丸傍点]。
▲尾崎君の行徑を見るに、多少其の傾向があるではなからうか。政友會を脱したのも、自己の理想が行き詰つた爲めであつて、別段深い考があつたものと見えない。世間には、君が伊藤侯を見損つて政友會に飛び込むだのが誤りであつたと評するものもあるが、強ち見損なつた譯ではなからう[#「強ち見損なつた譯ではなからう」に白三角傍点]。唯だ自己の理想を餘り大事にし過ぎた爲に[#「唯だ自己の理想を餘り大事にし過ぎた爲に」に白三角傍点]、當時の境遇に堪え得なかつたのである[#「當時の境遇に堪え得なかつたのである」に白三角傍点]。
▲しかし茲が尾崎君の人氣のある所以で、失敗しても世間の同情が君を離れないのであらう。チヤムバーレーンのやうな人物は、成功すれば世間から同情を受けるが、失敗でもしたら最後、名譽も信用も忽ち去つて仕舞うのが必然だ。其處になると[#「其處になると」に白丸傍点]、理想家は一得一失で[#「理想家は一得一失で」に白丸傍点]、失敗しても左ほど世間から憎まれない[#「失敗しても左ほど世間から憎まれない」に白丸傍点]。尾崎君は即ち其の一例で、君は自ら言つて居るやうに、屡々暗黒の隧道に行き當ることがあるが、暫らくして再び光明の出口に送り出さるゝのである。
▲政友會を脱したのは、丁度隧道に向つた處であつて、君自身も此先どうなることかと氣が氣でなかつたに相違ない。其處へ都合よく東京市長が缺けて居つて、後任問題の持ち上がつた際であつたから、人氣は恐ろしい勢で君に集つた。これだけは君の夢にも思はなかつたのであらうが[#「これだけは君の夢にも思はなかつたのであらうが」に白三角傍点]、君に取つて所謂る渡りに舟で[#「君に取つて所謂る渡りに舟で」に白三角傍点]、人氣といへる不思議の魔力に引かれたのである[#「人氣といへる不思議の魔力に引かれたのである」に白三角傍点]。
▲凡そ聰明な人物は、自分で自分の運命を開拓するものであるが、餘り聰明でない人物でも[#「餘り聰明でない人物でも」に二重丸傍点]、人氣といふ魔力に擔がれると[#「人氣といふ魔力に擔がれると」に二重丸傍点]、豫期せざる仕合せに逢ふものらしい[#「豫期せざる仕合せに逢ふものらしい」に二重丸傍点]。
▲ソンなことはどうでも宜いとして、さて君はチヤムバーレーンに比較されて居るから、どうかチヤムバーレーンに劣らないやうに、緊かり市政を行つてもらひたいものだ。市政といへば小さいやうであるが[#「市政といへば小さいやうであるが」に傍点]、なか/\さうでない[#「なか/\さうでない」に傍点]。國務大臣の仕事にも劣らぬほどの難役であるのだ[#「國務大臣の仕事にも劣らぬほどの難役であるのだ」に傍点]。
▲チヤムバーレーンがバーミンガムの市長と爲つたのは未だ國會議員とならない前であつて、政治家としては經驗が甚だ少なかつたのである。しかし會社事業や何かで實務上の手腕が十分認められて居つたから、市民の信用を得て市長に選まれたのである。果して彼れは市民の希望に背なかつた[#「果して彼れは市民の希望に背なかつた」に傍点]。新たに大規模の公園を造くる[#「新たに大規模の公園を造くる」に傍点]、自由圖書館を建てる[#「自由圖書館を建てる」に傍点]、市民の大會堂を設ける[#「市民の大會堂を設ける」に傍点]、水道及び瓦斯の供給を市有にする[#「水道及び瓦斯の供給を市有にする」に傍点]、貧民窟を市外に移して市の體裁を綺麗にする[#「貧民窟を市外に移して市の體裁を綺麗にする」に傍点]、それは/\目醒ましき働きを現はしたのである[#「それは/\目醒ましき働きを現はしたのである」に傍点]。隨て彼れの市長たりし時代はバーミンガム市の歴史上、最も記憶すべき重要の時代といはれて居るが、尾崎君も市長となつた序に思ふ存分に手腕を示してもらひたいものである。
▲唯だ市政はヂミな仕事でハデでない代りに、隨分細かい、面倒臭い處があるから、何でも根氣よく、勉強するに限る。それに東京の市政にはいろ/\の歴史もあり、込み入つた情實もあるから、政黨を率ゐたり、國會議場で討論するやうな譯に往かない。君は市會を小國會にし、市廳を小内閣にする抱負があるさうだが、ソンなことは市政には餘り必要がない[#「ソンなことは市政には餘り必要がない」に二重丸傍点]。市政は直接に市民の生活問題に關係するものだから[#「市政は直接に市民の生活問題
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