も彼れの眞價の知られざる處は」に白丸傍点]、是れ却つて彼れの眞價の存する處にして[#「是れ却つて彼れの眞價の存する處にして」に白丸傍点]、彼れが伊藤公爵大隈伯爵等と相對峙して[#「彼れが伊藤公爵大隈伯爵等と相對峙して」に白丸傍点]、別種の勢力を有する所以亦此にあり[#「別種の勢力を有する所以亦此にあり」に白丸傍点]。
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大凡政治家に二樣の模型あり。公衆と倶に語り、公衆と倶に喜憂し、常に門戸を開放して、勉めて公衆と接近し、以て自己の存在を社會に記憶せしむるを平生の用意と爲すもの是れ一、大隈伯爵の如きは此の模型の政治家にして、伊藤公爵も亦稍々之れに近かし。第二は全く反對の模型にして、敢て漫りに公衆と親まず、必らずしも社會に自己を領解せしむるを求めずして、唯だ其の信ずる所を行ひ、其の爲さむとする所を爲し、名聲よりも實功を重むじ、人の是非よりも事の結果を考へ、且つ言行謹愼にして、持重の念頗る強し。山縣公爵の如きは則ち是れなり。前者は社會の感情中に生活し[#「前者は社會の感情中に生活し」に白丸傍点]、後者は少數者の信任に身を托し[#「後者は少數者の信任に身を托し」に白丸傍点]、前者は公衆を對象として客觀し[#「前者は公衆を對象として客觀し」に白丸傍点]、後者は自己及び自己の職分を本位として主觀す[#「後者は自己及び自己の職分を本位として主觀す」に白丸傍点]。前者は共和國に在ても猶或は政治家たるを失はずと雖も[#「前者は共和國に在ても猶或は政治家たるを失はずと雖も」に白丸傍点]、後者は獨り君側輔弼の宰相として立つに非ずむば[#「後者は獨り君側輔弼の宰相として立つに非ずむば」に白丸傍点]、政治家たるよりも[#「政治家たるよりも」に白丸傍点]、寧ろ軍人として成功せむ[#「寧ろ軍人として成功せむ」に白丸傍点]。山縣公爵が常に一介の武辨と稱し曾て政治家を以て自ら任ぜむとするの口吻を漏らしたることなきは、則ち彼れに自知の明あるが爲に非るなきか。
試に大隈伯爵を見よ、彼れの門前は日に各種各樣の來客を以て市を成せり。政黨員も往き、新聞記者も往き、實業家も往き、相場師も往き、紳士も往き、貴婦人も往き、學者も、書生も、浪人も爭ひ往けり。而して一たび早稻田邸の玄關を辭したるものは、皆大隈伯爵の寫聲機となり、喇叭管となり、讚美者となりて、彼れを社會に吹聽し、紹介し、推奬して、彼れに對する記憶を深からしめざるなし。是れと同時に、彼は自ら進むで活溌なる社會的運動に關係し、或は好むで公私の會合に出席し、或は屡々大なる園遊會を開き、以て自己と公衆との連絡を謀るが故に、彼は既に政黨總理を辭して直接に政治界と交渉せざるも、其の存在は依然として公衆瞻仰の標目たり。特に彼れの有する廣大なる庭園は、殆ど一種の高等公園として公衆に公開せられたるものゝ如く、彼れの誇りとする園藝の如きも、彼に在ては閑人の道樂に非ずして多忙なる社會的運動の一方便たり。彼は其の庭園に瀟洒たる一茶室を有せり。而も余は未だ曾て彼れが宗匠を呼びて茶會を催したるの風流ありしを聞かず。閑寂を旨とする茶會の如きは彼れの到底堪ゆる所に非ればなり。彼は陽氣を好み多事を好み、活動を好み、變化を好む。彼は一日も懷抱を封鎖する能はず、一日も談論を廢する能はず、一日も社交と隔離する能はず、一日も沈欝なる天地に俯仰する能はず。彼は山を樂むの仁者たるよりは水を樂むの智者たるを喜べり。彼は安心立命を求むるの達人たるよりは、一生奮鬪を繼續するの戰士たるを選べり。
伊藤公爵を以て彼れに比すれば、其の人格に大なる相違ありと雖も、其の名譽心の頗る旺盛にして、常に身を公衆の眼前に置き、自己の存在の社會に意識せられむことを求むるの點に於ては則ち一なり。彼は大隈伯爵の如く放膽無雙ならず、又大隈伯爵の如く非常に多方面ならず。彼れの世界は殆ど政治に限られたり。然れども彼は此の限られたる世界を成るべく華やかにして、働らき甲斐あらむことを期するが故に、自己の存在の社會に忘れらるゝは、最も彼れの恐るゝ所なり。彼は又大隈伯の如く單に社會の潮流に乘ずる巧妙なる舟子たるを以て甘むぜずして、潮流其物を指導せむとするの慨ありと雖も、要するに風潮以外に立つて獨自一己の理想を保守する人にあらず。若し伊藤公爵と大隈伯爵とを對照せば、伊藤公爵は歐洲大陸の政治家たる面影あり、大隈伯爵は英國政治家の風ありと謂ふべくして孰れも歐洲式の政治家たり。轉じて山縣公爵を觀れば、其生涯は夐然別種なり。彼は明治の歴史に於て最も重要なる部分を働らきたる一人なり。彼は自ら首相となりて内閣を組織したること前後二囘、其の内閣を組織せざる場合に於ても、屡々内閣の製造者たることありて、其の發言は往々内閣の更迭に影響を示したり。彼は所謂る元老團の要素と
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