政治をして私利私慾を目的とする一種の營業たらしめ、其の爭ふ所は、官職若くは利益上の條件にして敵味方の分かるゝ起點は亦唯だ此の一事に在り、是れ固より政治階級の總墮落といふの外なしと雖も、一は閣下等を包擁せる屬僚の行動も、亦與つて大に咎めありと斷言せざる可からず。
 凡そ今の藩閥家にして[#「凡そ今の藩閥家にして」に傍点]、最も多數の屬僚を有するものは閣下に過ぐる者なく[#「最も多數の屬僚を有するものは閣下に過ぐる者なく」に傍点]、而して其の屬僚の爲めに政治上の過失を犯したるもの[#「而して其の屬僚の爲めに政治上の過失を犯したるもの」に傍点]、亦閣下より太甚しきものあらじ[#「亦閣下より太甚しきものあらじ」に傍点]、伊藤侯は自己の伎倆を信ずるの政治家なるを以て閣下に比すれば屬僚を有すること少なきのみならず[#「伊藤侯は自己の伎倆を信ずるの政治家なるを以て閣下に比すれば屬僚を有すること少なきのみならず」に傍点]、其の屬僚の侯に對するや隨がつて唯だ服從的状態を有するに過ぎずと雖も[#「其の屬僚の侯に對するや隨がつて唯だ服從的状態を有するに過ぎずと雖も」に傍点]、而も尚ほ屬僚の爲めに大事を誤まらるゝことなきに非ず[#「而も尚ほ屬僚の爲めに大事を誤まらるゝことなきに非ず」に傍点]、况むや閣下に於てをや[#「况むや閣下に於てをや」に傍点]、蓋し閣下は常に政治家の位地に※[#「糸+二点しんにょうの遣」、第4水準2−84−58]戀する人なるも[#「蓋し閣下は常に政治家の位地に※[#「糸+二点しんにょうの遣」、第4水準2−84−58]戀する人なるも」に白丸傍点]、未だ政治家の任務に付て自己の伎倆を信ずる人に非ず[#「未だ政治家の任務に付て自己の伎倆を信ずる人に非ず」に白丸傍点]、故に屬僚の閣下に對するや[#「故に屬僚の閣下に對するや」に白丸傍点]、始めより服從的状態を有せずして[#「始めより服從的状態を有せずして」に白丸傍点]、寧ろ顧問的關係若くは師傅的關係を有せり[#「寧ろ顧問的關係若くは師傅的關係を有せり」に白丸傍点]、是れ閣下の内閣が屬僚政治の爲めに其の威信を失ひたる所以なり[#「是れ閣下の内閣が屬僚政治の爲めに其の威信を失ひたる所以なり」に白丸傍点]。
 相公閣下、閣下は多數の屬僚を有するに於て今も尚ほ政治上の一勢力たるを失はずと雖も之を政治家の名譽より見れば、決して自ら誇る可きの勢力に非ざるを如何せむ、眞に伎倆ある政治家は、一人の屬僚を有せずして、其の勢力自ら天下に展ぶるを得れども閣下の政治上に於ける勢力は唯だ屬僚の爲に存在し、屬僚の爲に利用せらるゝ勢力たるを見るのみ、閣下の名譽に於て又何の加ふる所ぞ、議會開設以來屬僚は常に褊僻なる國家至上權と、頑愚なる超然内閣論を唱へて藩閥家を利用したりき、是れ黨人に對する屬僚の作戰計畫にして、其の計畫の迂なるや、戰ひ遂に利あるずして政黨の提携と爲り、一轉して憲政黨内閣の時代と爲りたるは、實に最近の事實なり此の間屬僚中にも分裂を生じて自ら政黨に接近するものを出だせりと雖も、其の多數は依然として政黨と利害を異にするものたり、而して閣下は現に此の多數の屬僚に依て包擁せらるゝを見る彼等は閣下を以て最も自己の生存に便利なる人なりと認め、曩きに憲政黨内閣の時代に於て、常に閣下の椿山莊に會合して當時の内閣を破壞するの陰謀を企てたり、顧ふに當時の内閣は、一は自由黨の遠見なき行動に由て破壞したれども、其の破壞の主因は内閣の一部と閣下の椿山莊とを傳流せる一種の電氣力に在りたるは復た疑ふ可からず、閣下願くは我輩をして其説を悉さしめよ。

      ※[#始め二重括弧、1−2−54]十二※[#終わり二重括弧、1−2−55]
 山縣相公閣下、我輩の記憶する事實に依るに憲政黨組織當時に於ける椿山莊は、實に明治時代の鹿谷として時人の注目を惹きたる位地に在りき、初め伊藤侯が地租問題に失敗して内閣瓦解の危機に立つや、閣下の屬僚は以て閣下再び世に出づる機會と爲し、閣下も亦自ら伊藤内閣の後繼者たる可き運命あることを信じたりき、此に於て乎椿山莊は、閣下を議長としたる大小屬僚の密議所と爲り、伊藤侯が一方に於て早くも内閣を憲政黨に引渡すの準備を爲しつゝある間に閣下の屬僚は迂濶なる内閣相續策を畫して大に閣下の野心を煽揚したりき、而して御前會議と爲り、而して閣下と伊藤侯との物別れと爲り、而して閣下に於ては寢耳に水の憲政黨内閣突如として出現したりき、斯くの如くにして閣下の内閣を夢想したる屬僚の絶望と憤恚とは、殆ど名状す可からざりしなり。
 當時閣下の屬僚は、此急激なる政變を目して、伊藤侯の不忠不臣なる行動に歸因すと爲し、中には侯を罵つて國賊といふものすらありしと雖も、國民は寧ろ侯の公明磊落なる心事を歎稱して、古名相の出處進退にも讓らずといひたりき
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