の一額に向へり。是れ伊太利統一後始めて開きたる伊太利議會の寫眞なりき。彼れの持てる扇子は、起立せる異裝の一漢子に觸れたり。彼れは曰く、
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見よ、破れたる軍帽を冠むり、長がき外套を着し、一人の從者を伴ふて議場の片隅に起てる質朴漢は、是れ議會の光景を見むとて來れるガリバルヂー[#「ガリバルヂー」に傍線]なり。
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彼れは曾て日本の[#「彼れは曾て日本の」に傍点]ガリバルヂー[#「ガリバルヂー」に傍線]を以て稱せられたりき[#「を以て稱せられたりき」に傍点]。其の多感にして侠熱ある[#「其の多感にして侠熱ある」に傍点]、夫れ或は[#「夫れ或は」に傍点]ガリバルヂー[#「ガリバルヂー」に傍線]に私淑する所あるに由るか[#「に私淑する所あるに由るか」に傍点]。最後に彼れの説明せる石版繪の額は、此應接間に於て最も珍奇なる紀念品たりき[#「最も珍奇なる紀念品たりき」に白丸傍点]。舊式の武裝を爲したる十四五人の軍人は、或は鐵砲を捧げ、或は刀を撫して撮影せられぬ。而して彼れは三十歳前後の血氣盛りなる風貌に於て其の中に見出されしが[#「彼れは三十歳前後の血氣盛りなる風貌に於て其の中に見出されしが」に傍点]、其の面影は今も爭はれぬ肖似を認識せしめたりき[#「其の面影は今も爭はれぬ肖似を認識せしめたりき」に傍点]。此石版繪は、彼れが會津征伐より凱旋して、部下の士官を隨へ、江戸市中を遊觀したる時、通り掛けの寫眞屋にて撮影したるものゝ複製なり。彼れは之れを説明しつゝ滄桑の感に堪へざるものゝ如し[#「彼れは之れを説明しつゝ滄桑の感に堪へざるものゝ如し」に傍点]。
 顧れば彼れの出發點は軍人にして、中ごろ改革家と爲り、國會論者と爲り、政黨の首領と爲り、終には社會改良家と爲りて、最も平和なる生涯に入る。是れ譬へば急湍變じて激流と爲り[#「是れ譬へば急湍變じて激流と爲り」に白丸傍点]、更に變じて靜流と爲り[#「更に變じて靜流と爲り」に白丸傍点]、而して後一碧洋々たる湖沼と爲れるが如し[#「而して後一碧洋々たる湖沼と爲れるが如し」に白丸傍点]。此の點よりいへば、人生自然の順序を經過したりといふ可し。然れども彼れの生涯を一貫して渝らざるものは、利害よりも良心に動され易き性情[#「利害よりも良心に動され易き性情」に二重丸傍点]是れなり。是れ彼れの彼れたる所以なり。(三十五年十月)

     古稀の板垣伯

 ※[#丸中黒、1−3−26]三月十八日紅葉館に開かれたる板垣伯古稀の壽筵は、無限の同情と靄々たる和氣とを以て滿たされた近年の盛會であつた。伯の晩年は甚だ寂寞で、殆ど社會に忘られて居つたが、而も伯は社會に忘れらるゝのを怨みもせず、悲みもせず、又毫も自分に對する國民の記憶を要求もしない。こゝらが板垣伯の人格の尊い所であらう。
 ※[#丸中黒、1−3−26]元來伯は犧牲的精神に富める義人の典型であつて、政治家といふ柄ではない。故に政治上に於ては、伯よりも大なる事業を成した人は幾らもある。併し功勞の多少は別問題として、伯は明治史劇の或る重なる部分を勤めた役者であるに相違ない。
 ※[#丸中黒、1−3−26]民權自由論は決して伯の專賣品ではない。故木戸公や、今の伊藤侯大隈伯などは、伯よりも以前に、少なくとも伯と同時代頃には、民權自由の意義を領解して居つたのである。士族の特權を廢して四民平等の制度を設けたのは、即ち民權自由論より割り出した改革で、此の改革は、勿論伯一人の發議ではないのである。
 ※[#丸中黒、1−3−26]民選議院設立の建白といつても伯の首唱ではなく、當時の政府反對黨が案出したる政略的意見であるといふ方が適當である。伯は其の連名の一人たる外に、更に特筆大書すべき異彩を有した譯ではないのである。
 ※[#丸中黒、1−3−26]立憲政治を最も親切に研究した政治家は、故木戸公で、地方官會議を開いたのは其の準備であつたといつても宜しい。故木戸公のみならず、維新の元勳諸公は總て立憲政治の必要を認めて居つたのである。論より證據、維新の元勳中、誰れあつて立憲政治に反對した者がなかつたのを見ても分かる。
 ※[#丸中黒、1−3−26]切にいへば、明治政府は最初より立憲政治を主義としたものである。維新の大詔に、萬機公論に決すべしとありしは、最も明快に此の主義を宣示したので、明治初年早くも集議院といへる會議組織の官衙を設けたのも、立憲政治の地ならしを試みたのである。
 ※[#丸中黒、1−3−26]されば二十三年の國會開設は、明治政府が維新以來準備して居つた大事業を完成したまでゝあつて、板垣伯の運動に餘儀なくされたのでも何んでもないのである。
 ※[#丸中黒、1−3−26]且つ板垣伯の主張したる民權自由論は、佛國革命時代に行はれたルーソ
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