くてしばらくは話もつづけられなかった。
 私は十日あまりの間に、ぽつぽつきいてきた話であったが、この日のかの女の涙には思わず語らせる自分がおしとどめても、その昂奮を避けさせねばいけないと思った。私は話させてわるかったと思い、もうそのお話やめましょうと何度も云った。
 けれどとよ子は、あどけない心に刻まれた悲しみは、吐き出さずにいられない様子で、涙のなかで云った。
「母は私が山歩きして帰った日にとつぜん死にましたの。脳溢血という病いで」
 現在坂上とよ子は十九歳で、母との死別の悲しみからもまだ二か月とは経っていないものだった。兄たちの家族や身寄りがあつまって、四十九日の法事をすましたあとは故郷の家は結局空家となり、それと同時にとよ子の病気の再発が襲っていた。
「東京の長兄の家へ改めて身をおちつけるまでは、それでもまだ再発とはきまりませんでしたの。私は何や彼や今まで私たちのことで物入りが嵩んだと云われますので、せめて仕立物でもとってお恩報じをしようと思って、日の暮れるのも惜しんで針を動かしましたの。すると嫂たちが方々から仕事をあつめてきて、私の膝もとには山のように縫物が重ねてあります。一日
前へ 次へ
全31ページ中10ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
鷹野 つぎ の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング