こびを思い出して語った。
「でも、いよいよ退院となっても、私は兄の家へは帰れませんでしたの。アパートの一室を借りてくれてまだすっかり伝染らないようになるまでは、そこで暮らせと云われましたの」
ひとりのアパート生活では、時々二人の嫂たちが代る代るに来て、二軒で分担している物入りの意外に嵩むことをきかされていたという。
「それで私、今年の春半ばにお母さんが恋しくなって故郷へ帰ってみましたの。母は私が前よりも肥って丈夫そうになってましたから、たいへんよろこんで、私も病気をかくしていた甲斐があったと思いましたの。でも母の方はひどく弱っていて、長い風邪がまだ癒らないと云ってねたり起きたりしていました。病気中は私が死んだ夢を見たりして、夜中に一人きりの広い家の中で、お念仏申していたなど云いますの。私は心の中で、いくら病気はかくしても心は通うものかと、ひとりで気味わるいくらいでしたわ。その時私は母の看病に働いたり、故郷へ帰ったうれしさで友達などとも誘い合って、病みあがりの身も忘れて山を歩いたりしましたの」
話がこうして今年の最近にまで亘ってきた時には、とよ子はまた激しく泣いた。今度の涙は最も激し
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