、何故あれを使わない」
「あれと同じ炭末《たんまつ》なら、病院でも服んでいるの」
次兄の声は途切れた。とたんに急にかれが私のベッドの裾を、駈け過ぎて行く姿が見え、扉のそとへ消えて行った。
あれが帰って行く時の姿とは、さすがに私にも信じられなかった。とよ子のベッドが、じっと静まっていると、私まで再び待ち設けるものがあるように、深い沈黙におちてしまった。
果して二十分もするとかれがあたふたと戻ってきた。いきなり妹の方へは行かずに私のベッドに近づき、手に一つの小箱を掲げて見せた。
「驚ろきましたねえ、薬の高価《たか》くなったにも。このソマトーゼはもとは六円五十銭でしたが、只今は十円近いでしたよ。いや実に高価《たか》くなったものです」
私は黙って小箱などにはひと眼もくれず、じっとかれの方を見守らずにいなかった。私は漸く妹の病苦よりも金銭を先に云う彼が憎くなってきた。私は撥ね返す沈黙で彼れをむこうへ追いやりたかった。
到頭この日も附添婦を雇う話は、こんなことで有耶無耶のうちに過ぎてしまった。
ところがその翌日の昼ごろには、うす物の良い身なりをした大兵肥満の女のひとが素通りで、とよ子の
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