の切ない希いを、長い闘病の果て戯化せずにいられないような悲しみを私などには思わせていた。暑い盛りのこの頃では、向う鉢巻で寝衣を胴なかだけにまといつけ、蚊脛を出して臥っているので、まあ雲助みたい、とある看護婦に云われ、それが忽ち箱根山の綽名にまで転化されて行ったものだった。
病人に綽名は一種の親しみの呼称で、そのまた適切な発見には感心されるものも尠くなかった。私自身も恐らく何らかの象徴で呼ばれていたにちがいないが、ふしぎと病の身にはまだ伝わらなかった。だがお隣の坂上とよ子には既に別嬪[#底本は「別婿」、41−1]さんという綽名がつけられていた。多分蛸さんの発言かとも思うが、これには私は全然感心できなかった。それにはじめの元気とちがい、このごろの容態の思わしくないとよ子では、こういう浮かれた綽名には最早誰れも声を潜めねばならなかった。
いつしかとよ子は厠にも通わなくなり、掌の痛みも増してきていた。回診の折り院長は掌から手首にまでも及んだ焦色を見て首を傾け、薬湯につけてあとを繃帯することを看護婦に命じた。
「このかたには附添いはないのかね」、院長は誰れへともなく呟いて置いて、別の室の方へ
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