廻ってるものを捕えて、皮膚の摩擦まで行ってやっていた。
 息子は坊やと云われるのがいたく不足で、これでも拓殖大学生なんだぞ、病気をしないでみろ、今ごろはヒリッピンあたりで活躍しているんだぞと啖呵をきった。それだのに健康帯という腹部をがっちりと締めあげる用器を、水筒の紐かなぞのように肩にかけたりしている時には、母親に見つけられちゃんと用器に使命を果させるように命ぜられていた。
 見かけた人が笑って行くと、何しろ十二円もしたんだからなと瀬田青年は頭を掻いた。母も涙を溜めて笑い、この世話のかゝる息子にこの世に残された満足のすべてを感じている様子をその老いた全身で沁々と表わしていた。
「私たち母子は可哀想なものですよ。あれに若しものことでもあれば、私は生きてる空はありません」と、その老いた母は私にも語っていた。息子が早く癒って兵隊に行くんだと云えば、無理もない、人なみにお前もなりたいであろうと、母はそういう時にはひとり残される寂しさは曖にも出さなかった。
 ある時は態々私のベッドにも立寄って、その母は家主の白痴の老嬢が縁から転落して脳震蕩を発して急死したことを告げた。私はうっかりしていて、何ん
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