う云うと、とよ子の泣き声をあとにして来る時と同じ塑像の動いて行く足どりで、私のベッドの傍らをもすぎ、扉の外へ姿を消して行った。
 とよ子の病床も、こういう背景に置かれてあったと、私はあとで感じを新らたにした。私自身の入院に至るまでの苦境、私の亡児の忍耐多かった短かい生涯、溯れば私の心の傷む思いもそれからそれへと際限がなかった。
 心を傷めることの少ない病床は、同じ病床でも遙かに倖せであった。およそ肉体の病気に拍車をかけるものは、精神の苦痛にまさるものはなかった。とよ子の啜り泣きは、かの女の心への今が今の噛みくだかれた虐待に相違なく、私はこの危うさをまず救いたいのでいっぱいとなった。
「とよちゃん、もう泣くの止しましょう。心をきつく持って、何んでも用事は看護婦さんにお頼みなさいね。たべたい物などは、うちのおじさまにも云えば買ってきてくれますし」
 こう急いで宥めると、とよ子は思いのほかきれいに涙を収めてくれた。
 私たちの室とちがって、隣室のせいたか坊やのベッドのまわりには、いつも陽気な笑声があった。母一人子一人と語るその老いた母が、戸締りの自宅をあとにして、一人息子の附添いに通い、歩き
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