床だの壁だのが振動を始めるのでその振動が體を匐ひのぼつて頭に響いて來る。かういふことも船醉の原因になるらしい。
又、餘り船に乘つたことのない人は、自分は今船に乘つてゐるのだといふことを考へただけで、船醉を催すらしい。甲板などに出ると、普段見慣れない大きな海が自分の立つてをるところの、右にも左にも前にも後にも擴がつてをるのを見て、不安な氣持に襲はれる。さらに進んではもしこの船が沈沒したらその時はどうなるだらうか。泳ぎに自信のない自分はどうすれば助かるだらうかなどといふ心配を始める。さういふ精神不安も、船醉の原因になるらしい。
かう考へれば船がまだ動かないのに船醉しても不思議はないし、こんな大きな船に乘つて船醉することも別に不思議とはいはれないのである。
私たちの乘つた船はそれからずんずん南の方に向つたが、天候は雪を交へた雲に追駈けられて海上は荒れ始めた。だんだん波が高くなる。それに後三日目まで、船は相當ピッチングやローリングをやつた。その最中に、積荷が綱を切つて船艙をあちこちがらがら走り出すといふやうな騷ぎなどもあり、已むなく船を途中で停めて荷物を縛り直したほどであつた。したがつて
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