たところ、當人たちは意外にも海峽あたりで相當船が搖れたといひ張るのだつた。しかもまだその前、船が港にゐる間にも、既に少々胸が變になつたといつてゐた。して見るとこの人たちは船に乘つた瞬間に、船がまだ動いてゐないのにも拘らず船に醉つてしまつたらしい。それに引續き船は海峽で少しばかり搖れたので、いよいよ船醉をひどく催したものらしい。私には全く不思議といふ外ない話であつた。
 しかしよく考へてみると、船がまだ動いてゐないのにその船に乘つたばかりで船醉を感じたといふ話を、前にも聽いたことがあるのを思出した。その話は結局船醉を起させる原因は船の動搖ではなくして、船に於て感じられる異常な雰圍氣や臭ひなどに影響せられるところが多いといふ話であつた。例へば船に乘ると先づ非常に油臭い。これは船が重油を焚いてゐるから、當然油臭い臭氣がするわけである。それから部屋に入るとペンキ臭い。これは船には錆びないやうに天井も壁もみんなペンキを塗つてあるからである、そのペンキの臭ひをいやでも嗅がされる譯である。又船が動かないときでもがたんがたんと大きな響を立ててエンジンが動き出すと、それが音響となつて耳に入つて來る上に、
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