。
だが全く逆であること、つまりある条件がネガティヴ的に満足されているということは、一寸面白い問題ではあるまいか。若し液が帯電状態にあるものとし、これが普通の状態として非帯電状態に在る鵜烏を見れば、これは明かにネガティヴの電気的歪力がかかっているとも考えられるわけである。所謂、相対性理論をつかえば立派に証明のできることではあるまいか。すると、この薄汚い男は、早くも其の結論をつかむことが出来て、今や夜店に出でて商品を売り研究費の回収と、製品の寿命試験《ライフテスト》をやっているのではあるまいか。科学者は、正《まさ》しく素晴らしい研究問題にぶつかったのを感じた。更に更に偉大なる研究のフィールドがこれを緒《いとぐち》としてひらけて来るであろうと思った。こうなれば冑《かぶと》を脱いで彼の男の結論の前に礼拝するのが得策であると感じたので、科学者は十円札を出して叫んだ。
「君、説明書を売ってくれ給え」
「十円ですか、おつりがありませんよ」
「おつりはいらんです。君の持っている説明書をみな下さい」
科学者は説明書の束と、セルロイド製の鵜烏の入ったボール箱とを小脇にかかえると猛然として夜店の人波をつき崩し、真《まっ》しぐらに下宿の自室へとび込んだ。そして机の前に座るや、あらゆる公式と数値とを書いたハンドブックや、計算尺の揃っているのを見極めた上で、説明書を開いた。
「偉大なる結論というものは、大約《おおむね》短いものだ」
と早くも彼は嘆息した。そして両眼のピントを合わせてその結論を声高らかによみあげた。
「鵜烏の尻に穴をあけ糸を結び、他の一端を泥鰌《どじょう》の首に結びつくるべし。水は底が見えぬよう濁り水とすべし」
科学者には、何のことだか薩張《さっぱ》りわからなかったが、数回反読する事によって、液体の沈降に及ぼす外力が泥鰌であることを了解し過ぎるほど了解した。それから次の説明書をよんでみたが、どれもこれも同じことばかりが書いてあった。科学者は彼の予想のはずれたことを悲しんでしばらくは死んだようになっていた。
しかし兎も角も実験だけはして見ようと思って泥鰌を一匹買って来て、説明書の通りにセルロイドの鵜烏に糸を以て接続し、澄明なる水をたたえた大きいビーカーの中で実験をして見たところ、泥鰌は底に安定して居ず、いつも水中を上へ上ったり宙返りをして下りてきたりする不思議な運動をく
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