しいから浮力の計算式は、非常に簡単になる。浮いているものが沈むためには、どうしても外力が働かねばならない。外力は普通の場合、重力と気圧とに限られている。気圧が増大すると空気が圧縮せられて浮体自身の浮力が減少し、沈降を始めるわけだが、これは開放されたる大気中に在るのだから、そんなに気圧が変動する筈はない。それに鵜烏は浮かんでいるかと思うと、忽《たちま》ちサッと姿を没するほど運動は急激に行われるから、そのためには気圧は一瞬間に何十|粍《ミリ》という急角度の変動を必要とする。それは常識で考えても、又気象報告を調べても有り得べきことではない。
 重力の方の変動も、あまりに数値が大きいので勿論あり得べからざることだ。するとこの問題はいよいよ特殊の場合について研究することを要する。それには先ず液体について、疑問の矢を向けるべきであろう。何か特殊な溶液であるかも知れない、と考えたので科学者はいきなりバケツの中へ手をつきこんでみた。
「困るなア、旦那」とその薄ぎたない男が顰《しか》めッ面をして叫んだ。科学者はその間、早くもこの溶液が常温にあることと、多少の酸に似た臭気のある事を発見した。で彼は更に進んで聞いた。
「この液体はなんですか?」
「エエ……」
「この液体はナンであるですかッ?」
「これかネ――これは泥水でさア」
「アノ泥水――土の粒子《つぶ》を飽和した水……だと言うのかネ」
 科学者は眼をパチクリとしたが、その瞬間に彼の推理はプロペラの如く廻転をはじめた。――泥とは水を飽和したる土である。土というのは大地の微粒子である。大地は良い電導体であるし、水も電導体である。酸に似た臭気のあったところから、酸が混入したあったとすれば益々電導体の液体であると言わなければならない。而《しか》も液体の容器は錫鍍《すずめっき》鉄板《てっぱん》で出来ているバケツではないか。おお、この液面は大地電位《アース・ポテンシャル》に在る。この液面は接地《アース》されていたではないか、と科学者は意外な発見に興奮して来るのをヤッと冷静に抑えつけることが出来た。
 鵜烏は不電導体である。これを載せたる液面は良電導体である。若しこれがアベコベだったら鵜烏に小さい鉄片をつけて置いて、液中に電磁石をしのばせれば、電磁石の吸引力で鵜烏を水中に引っ張り込むことが出来るのだが、如何にせんそれとは全く逆であるのだから駄目だ
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