イは、むろん魏だ。」
「え、魏だつて?……あの魏さんの魏かい?」
 返事が絶えた。私はGが闇のなかでうなづいたやうな気配を感じた。そこでやうやく、私は自分の迂闊《うかつ》さに思ひあたつた。
「ああ、さうだつたのか。つい気がつかなかつたよ……」
 私はほかに言ひやうがなかつた。私たちの仲間で、Gと魏怡春の二人がとりわけ親しかつたことを私は思ひだしたのだ。魏がGのすぐ下の妹に恋して、結婚の申込をまでしたといふ噂《うわさ》さへあつたほどである。そのときSなどは可笑《おか》しがつて、面とむかつて魏怡春をからかひなどしたものだつたが、魏さんはもちろん例の飃々《ひょうひょう》とした態度で、かるくあしらつてゐたものだつた。そしてGは?……そのGの胸の中を、私は今頃になつて――そろそろ髪の毛のうすくなつた今頃になつて、夜の鳥の手引きではじめて知つたのである。



底本:「日本幻想文学集成19 神西清」国書刊行会
   1993(平成5)年5月20日初版第1刷発行
底本の親本:「神西清全集」文治堂
   1961(昭和36)年発行
初出:「文学界」
   1949(昭和24)年8月発行
※ルビは新仮名
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