らぢゆうに水がはねかつてゐる。明らかに僕の仕業ではない。僕はちよつと不愉快になつて小窓をあけ、そこからうがひの水を吐かうと思つた。
空はすつかり曇つてゐるらしい。低い、押しつけるやうな闇だつた。その中へ、咽喉《のど》の水を吐きだした途端に、ほら、ちやうど先刻みたいなギギーッと裂くやうな啼声《なきごえ》と、けたたましい羽ばたきがしたのさ。不意のことだし、不愉快になりかけてゐた矢先のことだしするので、そのぎよつとした感じが、しこりのやうに残つて変に腹だたしく、暫《しばら》くは寐《ね》つけなかつた。
あくる日は晴れだつた。僕は昨夜の予定どほり、朝のうちから博物館へ出かけた。案内記で大体の見当はつけてゐたが、こんな半島の先つぽ、しかも戦蹟《せんせき》としてばかり名高いこの町に、よくもあれだけの博物館があつたものだ。はじめの幾室かは仏像の蒐集《しゅうしゅう》だつた。僕はもちろん、仏像のことはよく分らない。だが、ぼんやり眺めてゐることは好きだ。朝鮮の頃はさうでもなかつたが、満洲ではついぞそんな心の休まるやうな時にめぐまれなかつた。僕はだんだん引き入れられるやうに一つ一つケースを覗《のぞ》いて廻
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