飜訳のむずかしさ
神西清

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)飜訳《ほんやく》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)お座敷|天婦羅《てんぷら》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#地から1字上げ](昭和二十五年八月、「書物」)
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 飜訳《ほんやく》文芸が繁昌だそうである。一応は結構なことだ。あの五十年という制限の網の目がだいぶ緩められて、生きのいい魚がこっちの海へも泳いできて、わが文化の食膳にのぼせられる。悪かろうはずはないが、物事には必ず善悪の両面がある。水から揚がるのは、いい魚ばかりとは限らない。お客さんは腹が空《す》いているから何でも食う。そこで料理人は転手古舞《てんてこまい》で、材料の吟味はもとより、ろくろく庖丁《ほうちょう》も研ぐひまがないという景気になる。つまり濫訳《らんやく》の弊が生じるわけだ。もっともこれは、何も飜訳文芸に限った話ではない。需要の盛大が粗製濫造の弊を伴《とも》なわないで済むのは、よほど文化の根づきの深い国のことだろう。
 まあそんな騒ぎの飛ばっちりで、僕にも一つ板前の苦心談を
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