むらむらと腹《はら》がたってきました。ところが、そのときふと、ポーランド人の囚人に出あったのです。その男は、暗《くら》い顔《かお》つきでわたしを見ましたが、その目はぎらりと光り、くちびるはぶるぶるふるえだしました。
「ちぇっ、あのごろつきどもめ!」と、くいしばった歯《は》のあいだからはきだすように小声でそうつぶやくと、そのままわたしのそばを通りすぎて行きました。
わたしは、牢屋の中へひきかえしました。じつは、つい十五分ほどまえには、どうにもがまんがならなくて、顔色を変《か》えて外《そと》へとびだしたばかりなのですが、――というのは、ちょうどそのとき、強《つよ》そうな百姓《ひゃくしょう》が六人がかりで、よっぱらったダッタン人のガージンをやっつけようと、いっせいにとびかかってなぐり始めたからです。そのひどいなぐりようときたら、お話にも何もなりません。あんなめにあわせたら、らくだだって死《し》んでしまう。だが、あいてのダッタン人はおそろしく力の強い男で、めったにへたばるようなやつじゃない。だからなぐるほうも、安心《あんしん》して気がすむまでなぐりつづけたというわけなのです。――今わたしが部屋にもどってみると、そのさわぎもすっかりおさまって、すみっこの寝床の上に死んだようになって、気の遠くなったダッタン人が寝かされていました。みんなはそのそばをだまったままよけて通るのでした。だれでも心の中では、なあに、あすの朝になったら気がつくだろうさ、と思いこんではいるのですが、「だが、なんともわからないぞ、あんなにやっつけられたんじゃ、ひょっとしたら死《し》ぬかもしれねえぜ。」とでも言いたそうな顔《かお》つきでした。
わたしは、人をかきわけて、鉄格子《てつごうし》のはまった窓《まど》に向かった自分の場所《ばしょ》へたどりつくと、両手《りょうて》を頭《あたま》の下へあてがってあおむけにごろりと寝《ね》て、目をつぶりました。わたしはこうして寝ころんでいるのが好《す》きでした。だって、寝ている人にかまう者《もの》はないし、そのあいだに、いろいろなことを頭に浮《う》かべて楽《たの》しんだり、考えごともできるからです。けれどわたしは、今はそれどころではありませんでした。胸《むね》はどきどきして、耳には、「ちぇっ、あのごろつきどもめ!」という、ポーランド人のさっきのことばがひびくのでした。
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