ございます。「いや許せ許せ。俺《おれ》が悪かつたよ」と相変らずの御|豁達《かったつ》なお口振りで、「俺はあれからこつち、この谷奥の庵《いおり》に住んでゐる。真蘂《しんずい》和尚と一緒だよ。地獄谷に真蘂とは、これは差向き落首《らくしゅ》の種になりさうな。あの狸《たぬき》和尚、一思ひに火の中へとは考へたが、やつぱり肩に背負つて逃げだして、あとから瑞仙《ずいせん》殿に散々に笑はれたわい。まあこの辺が俺のよい所かも知れん」などと早速の御冗談が出ます。まあ少し歩きながら話さうとの仰《おお》せで、わたくしの差上げました御消息ぶみ七八通を、片はしより披《ひら》かれてお眼を走らせながら、坂を足早に登つて行かれます。池田のあたりから右へ切れて、小高い丘に出たところで、さつさとその辺の石に腰をおかけになります。「まあそなたも坐《すわ》れ。ここからは京の焼跡がよう見えるぞ」とのお言葉に、わたくしも有合ふ石に腰をおろしました。
わたくしは更《あらた》めて一望の焼野原をつくづくと眺めました。本式の戦さが始まつてより、まだ半年にもならぬ間に、まつたくよくも焼けたものでございます。ちやうど真向ひに見えてをります辺
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