移し納めて置かれました七珍財宝を悉《ことごと》く掠《かす》め取つてしまひます。これも夜火でございましたが、粟田《あわた》口の花頂|青蓮院《しょうれんいん》、北は岡崎の元応寺までも延焼いたし、丈余の火柱が赤々と東山《ひがしやま》の空を焦がす有様は凄《すさ》まじくも美麗な眺めでございました。
……ああ、由玄どの、今あなたは眉《まゆ》をお顰《ひそ》めなされましたな。いえ、よく分つてをります、美麗だなどと大それた物の言ひやう、さぞやお耳に障《さわ》りませう。神罰もくだりませう、仏罰《ぶつばち》も当りませう、それもよく心得てをります。けれどこの貞阿は実《じつ》に感じたままをお話しするまででございます。まことに人間の心ほど不思議なものはありませぬ。火をくぐり、血しぶきを見、腐れた屍《しかばね》に胆《きも》を冷やし、人間のする鬼畜《きちく》の業《ごう》を眼《まなこ》にするうち、度胸もついて参ります、捨鉢《すてばち》な荒《すさ》びごころも出て参ります、それとともに、今日は人の身、明日はわが上と、日ごと夜ごとに一身の行末《ゆくすえ》を思ひわび、或ひは儚《はかな》い夢を空だのみにし、或ひは善きにつけ悪《
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