ら色々とお世話を申上げたことでございました。これが思えば不思議な御縁のはじまりで、松王様とはつい昨年の八月に猛火《みょうか》のなかで遽《あわただ》しいお別れを致すまで、ものの十八年ほどの長い年月を、陰になり日向《ひなた》になり断えずお看《み》とり申上げるような廻《めぐ》り合せになったのでございます。あの方のお声やお姿が、今なおこの眼の底に焼きついております。わたくしが今宵の物語をいたす気になりましたのも、余事はともあれ実を申せば、この松王様のおん身の上を、あなた様に聞いて頂きたいからなのでございます。
 その頃は、先刻もお話の出ました雲章一慶さまも、お歳《とし》こそ七十ぢかいとは申せまだまだお壮《さか》んな頃で、かねがね五山の学衆の、或いは風流韻事にながれ或いは俗事|政柄《せいへい》にはしって、学道をおろそかにする風のあるのを痛くお嘆き遊ばされて、日ごろ百丈清規《ひゃくじょうしんぎ》を衆徒に御講釈になっておられました。その厳しいお躾《しつ》けを学衆の中には迷惑がる者もおりまして、今《いま》義堂などと嘲弄《ちょうろう》まじりに端《はし》たない陰口を利く衆もありましたが、御自身を律せられま
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