目に、姫を寝所から引っさらうことは、案外に赤子の首をひねるよりた易《やす》いことが分った。手順は立派に調った。そなたなんどは高鼾《たかいびき》のうちに手際よくやってのけられる。そこで俺は馬鹿《ばか》々々しくなってやめてしまった。よくよく考えてみたところ、俺の欲しいのは姫ではなくして事であった。それが生憎《あいにく》『事』ほどの事で無いのが分ったまでだ。姫のうえは気の毒に思う。だが所詮《しょせん》、俺が引っさらって見たところであの姫の救いにはならぬ、この俺の救にもならぬ。……
「それ以来、俺は毎日この丘へ登って、焼跡を見て暮した。何か事を見附けだそうとしてだ。どこぞで火煙の立つ日は心が紛れた。それのない日は屈托《くったく》した。さて、恋が事でなかったとすればお次は何だ。俺はまず政治というものを考えてみた。今度の大乱の禍因をなしたのは誰だ、それを考えてみようとした。それで少しは心が慰さもうかと思ったのだ。世間では伊勢殿が悪いという。成程《なるほど》あの男は奸物《かんぶつ》だ、淫乱だ、私心もある、猿智慧《さるぢえ》もある。それに俺としても家督を追われた怨《うら》みがある、親の仇《かたき》など
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