俺もしんからそう思う。自由だ、元気だ、溌剌《はつらつ》としておる。障子《しょうじ》を明け放して風を入れるような爽《さわや》かさだ。俺は近ごろ足軽《あしがる》というものの髯《ひげ》づらを眺めていて恍惚《こうこつ》とすることがある。あの無智な力の美しさはどうだ。宗湛《そうたん》もよい蛇足《じゃそく》もよい。だが足軽の顔を御所の襖絵《ふすまえ》に描く絵師の一人や二人は出てもよかろう。まあこれはよい方の面だ。けれど悪い面もある。人心の荒廃がある。世道の乱壊がある。第一、力は果して無智を必須の条件とするか、それが大いに疑問だ。一時は俺も髪の毛をのばして、箒《ほうき》を槍《やり》に持ち替えようかと本気で考えてみたが、それを思ってやめてしまった。……
「ではその荒廃乱壊を救うものは何か。差当《さしあた》っては坊主だ。俺は東福で育って管領に成り損ねて相国に逆戻りした男だ。五山の仏法はよい加減|厭《あ》きの来るほど眺めて来た。そこで俺の見たものは何か。驚くべき頽廃《たいはい》堕落だ。でなければ見事きわまる賢哲保身だ。それを粉飾せんが為の高踏廻避と、それを糊塗《こと》せんが為の詩禅一致だ。済世《さいせい》の気魄《きはく》など薬にしたくもない。俺は夢厳和尚の痛罵《つうば》を思いだす。『五山ノ称ハ古《いにしえ》ニ無クシテ今ニアリ。今ニアルハ何ゾ、寺ヲ貴《とうと》ンデ人ヲ貴バザルナリ。古ニ無キハ何ゾ、人ヲ貴ンデ寺ヲ貴バザルナリ。』またこうも言われた。『法隆|将《まさ》ニ季ナラントシ、妄庸ノ徒声利ニ垂涎《すいぜん》シ、粉焉沓然、風ヲ成シ俗ヲ成ス。』人は惜しむらくは罵詈《ばり》にすぎぬという。しかし克《よ》く罵言をなす者すら五山八千の衆徒の中に一人もないではないか。いや一人はいる。宗純《そうじゅん》和尚(一休)がそれだ。あの人の風狂には、何か胸にわだかまっているものが迸出《ほうしゅつ》を求めて身悶《みもだ》えしているといった趣《おもむき》がある。気の毒な老人だ。だがその一面、狂詩にしろ奇行にしろ、どうもその陰に韜晦《とうかい》する傾きのあるのは見逃せない。俺にはとてもついて行けない。……
「そこで山外の仏法はどうか。これは俺の知らぬ世界だから余り当てにはならぬが、どうやら人物がいるらしい。『祖師の言句をなみし経教《きょうぎょう》をなみする破木杓、脱底|桶《つう》のともがら』を言葉するどく破せられ
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