かったよ」と相変らずの御|豁達《かったつ》なお口振りで、「俺はあれからこっち、この谷奥の庵《いおり》に住んでいる。真蘂《しんずい》和尚と一緒だよ。地獄谷に真蘂とは、これは差向き落首《らくしゅ》の種になりそうな。あの狸《たぬき》和尚、一思いに火の中へとは考えたが、やっぱり肩に背負って逃げだして、あとから瑞仙《ずいせん》殿に散々に笑われたわい。まあこの辺が俺のよい所かも知れん」などと早速の御冗談が出ます。まあ少し歩きながら話そうとの仰《おお》せで、わたくしの差上げました御消息ぶみ七八通を、片はしより披《ひら》かれてお眼を走らせながら、坂を足早に登って行かれます。池田のあたりから右へ切れて、小高い丘に出たところで、さっさとその辺の石に腰をおかけになります。「まあそなたも坐《すわ》れ。ここからは京の焼跡がよう見えるぞ」とのお言葉に、わたくしも有合う石に腰をおろしました。
 わたくしは更《あらた》めて一望の焼野原をつくづくと眺めました。本式の戦さが始まってより、まだ半年にもならぬ間に、まったくよくも焼けたものでございます。ちょうど真向いに見えております辺りには、内裏《だいり》、室町殿、それに相国寺の塔が一基のこっておりますだけ、その余は上京《かみぎょう》下京《しもぎょう》おしなべて、そこここに黒々と民家の塊《かたま》りがちらほらしておりますばかり、甍《いらか》を上げる大屋高楼は一つとして見当りません。眺めておりますうちに、くさぐさの思いが胸に迫り、覚えずほろほろと涙があふれそうになって参ります。松王様も押黙られたまま、姫の御消息を打ち返し打ち返し読んでおられます。沈黙《しじま》のうちに小半時もたちましたでしょうか。……
 と、松王様はゆきなりお文を一くるみに荒々しく押し揉《も》まれて、そのまま懐《ふところ》ふかく押し込まれると、つとこちらを振り向かれて、「どうだ、よう焼けおったなあ。相国《てら》も焼けた、桃花文庫《ふみぐら》も滅んだ、姫もさらいそこねた、はははは」と激しい息使いで吐きだすようにお話しかけになりました。例になく上ずったお声音《こわね》に、わたくしは初めのうちわが耳を疑ったほどでございます。わたくしが何と申上げる言葉もないままでおりますと、松王様は尚《なお》もつづけて、お口疾《くちど》にあとからあとから溢《あふ》れるように、さながら憑物《つきもの》のついた人のよう
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