二度と再び会うおりがあるまいということも、一向に不思議と思えなかった。それどころか、もしあの女に会えたとしたら、そのほうがよっぽど不思議なのだ。……
水はどこへとも、なんのためとも知れず、しきりに流れていた。それはかつてあの五月にも、やはり同じ様子で流れていたのだ。その水は五月の月に小川から大河に流れ込み、大河から海へそそぎ、やがて蒸発して雨に姿を変え、そしてひょっとしたらほかならぬその同じ水が、今またリャボーヴィチの眼の前を流れているのかもしれない。……どうしようというのだろう? なんのためだろう?
するとこの世界全体、この人生一切が、リャボーヴィチには、不可解なあてどもない戯れのように思われて来た。……そこで眼を水面から転じて空を振り仰ぐと、彼はまたしても、運命があの見知らぬ女の姿を借りて、思いがけない愛撫をこの身に与えてくれた次第を思いおこし、また例の夏の日の空想やまぼろしを思いおこし、つくづく自分の生活がわれながら並外れて退屈な、みじめな、ぱっとしないものに思われて来た。……
やがて彼が宿舎になっている百姓家へ帰ってみると、同僚は一人のこらず出払っていた。従卒の報告をきく
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