肩を並べて、ちょうど坂の下り口のところに立ったまま黙然としていた。リャボーヴィチの姿を見ると、彼らは飛びあがらんばかりにあわてて敬礼をした。彼はそれに挙手の礼を返すと、見覚えのある小径づたいにそろそろ下りて行った。
 対岸の空は一めん紫金《しこん》いろに染まっていた。月が出るのである。どこかの百姓女が二人、大きな声で話し合いながら、野菜畠を歩いてキャベツの葉をむしっていた。その野菜畠の向うには百姓家が二三軒黒々と影をにじませている。……一方こちら岸は、何から何まで五月に見たときそのままの姿だった。小径、藪の繁み、水面に枝を垂れている柳……ただ違うところといえば、例の勇敢な小夜鶯《うぐいす》の声がきこえず、それにポプラや若草の匂いがしないことだった。
 庭のところまで来ると、リャボーヴィチは木戸ごしに中を覗いてみた。庭は真暗で、ひっそりしていた。……見えるのはただ、真近かな樺の木の白々とした幹が数本と、並木道の片端とだけで、あとは残らず真黒な一かたまりに溶け合っていた。リャボーヴィチは、しきりに聴耳を立てたり眼を凝らしたりしていたが、十五分ほども立ち尽した甲斐もなく、物音一つ灯影一つ見え
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