っと聴耳を立てて、近くへ身を乗り出してゆくのだったが、その面上には、自分たちの参加した戦闘の話を謹聴している兵卒の顔によく見られるような表情が浮んでいた。また晩によっては、一杯機嫌の尉官連中が例の猟犬《セッター》ロブィトコを先頭に押し立てて、いわゆる『部落』へドン・ファン的襲撃を試みることもあったが、リャボーヴィチはその襲撃に参加しはするものの、その都度きまって気が滅入って、まことに申しわけないような気がし、肚の中でかの女[#「かの女」に傍点]に赦しを乞うのだった。……無聊に苦しむような時、または眠られぬ夜など、子供の頃のこと、父のこと、母のことをはじめ、押しなべてわが身に親しく近しい物ごとを偲びたい気持がわくような時には、彼はきまってあのメステーチキ村や、例の一風変った小馬や、ラッベクや、ウージェニー皇后そっくりなその夫人や、あの真暗な部屋や、扉口のきららかな隙間などをも思い出すのだった。……
八月の三十一日に彼は野営から帰途についたが、今度は旅団全体と一緒ではなく、二個中隊と行を共にしていた。道中ずっと彼は空想したり興奮したりして、まるで生れ故郷へ帰る人のようだった。彼は無性にも
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