として眼をあけてみた。するとどうだい君、――女なんだぜ! 黒いつぶらな眼。真赤な脣はまるで生きのいい鮭のよう、鼻孔は情熱を息づき、胸はといえば――緩衝器がむっちりと二つ。」
「ちょいと待ってくれ」とメルズリャコーフは穏かにさえぎって、「胸のことはそれでもわかるがね、どうして君には脣まで見えたんだね、実際暗かったとすればさ?」
 ロブィトコはなんとか言いくるめてしまおうと、メルズリャコーフの血のめぐりの悪さ加減を嘲笑しはじめた。そんなことからリャボーヴィチは厭な気持になってしまった。彼は大トランクの傍をはなれて、横になると、もう二度と再び打明け話なんかしまいと心に誓った。
 野営生活が始まった。……すこぶる似たり寄ったりの日が流れて行った。そうした日々を通じて、リャボーヴィチの物の感じかた、物の考えかた、またその振舞いは立派にもう恋をしている男のそれだった。毎朝、従卒が洗面の用意をととのえてくれると、彼は冷たい水を頭へかぶりながら、その都度きまって思い出すのは、自分の生活にも一種こう甘美な温かいものが出来たわい、ということだった。
 晩になって、同僚たちが色恋や女の話をやりだすと、彼はじ
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