することだつた。これは強い欲望だつた。だが、それを遂《と》げるための戦《いくさ》は寧ろ結婚ののちに開始されるに異《ちが》ひなかつた。彼等は別々の意味でその結婚を急いでゐたのだが、どつちかと言へば、子供のやうな単純さで自ら瞞《だま》されてゐた愚かさは伊曾の方にあつたと言へる。
 果して彼女が期待した通り、結婚はあまりに早いモナ・リザの消失に過ぎなかつた。これは覚悟してゐた。彼女は自ら用意してゐたと信じた第二の武器に縋《すが》りついた。が間もなく、彼女の過信だつたことが明かになつた。明子は敗れた。明子が女性としての武器を確かに握りしめてゐると思つた自分の手の中は空つぽだつた。伊曾が愚かな洪水のやうに、彼女を越えて奔流した。
 冷たい理智でこの機会を待ち設けてゐたに異《ちが》ひない劉子は伊曾を奪ひ返しはじめてゐた。つい六ヶ月ほどまへ劉子の歴史に一つのポアンを打つたばかりの明子は、再び硬いポアンとして青空の真中へ弾《はじ》き出される運命を自覚することになつた。明子は歯をくひしばつてこの変化の中に身もだえした。だが、身をもがけばもがくだけ、彼女には自分が瘠《や》せて蒼白《あおじろ》い一人の少女に
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