子の皮膚をそんな処女の豊富さにまで張りきらせた幼児は、母体の心臓を死から救ふために、白い影になつて医者の秘密なポケットにすべり落ちた。すくなくも医者はすべり落ちたと信じた。が、彼は空《くう》を掴《つか》んだのである。その幼児がいつも宙有《ちゅうう》に浮いてゐた。神話のやうに奇妙な光景だつた。色|褪《あ》せた幼児がいつも明子の瞼《まぶた》に斜めの空間に浮いてゐた。
明子は自分の歪《ゆが》められた母性と闘つた。母性と同時に処女が花咲いたかのやうであつた。もし母性の歪められた痕跡《こんせき》が彼女に残るのなら、処女の花もどうしてそのままに凋《しぼ》んでいいものだらうか。明子はこの神聖な特権に死にものぐるひで縋《すが》りついた。彼女の額《ひたい》には蒼白《あおじろ》い神聖さが百合《ゆり》の花を開いた。まだ恋愛は新たな気息を盛りかへさなければならなかつた。だが黄に透く秋風が遠慮なく彼女の皮膚を流れて、彼女のあらゆる花房を吹きちらした。皮膚にはもう少女らしい血行はなかつた。踏み荒された皮膚に感性の不透明さが日ましに拡《ひろが》つて行つた。彼女は盲目になつて行く自分を意識した。いつか明子は自分の皮
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