青いポアン
神西清

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)綽名《あだな》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)不具|乃至《ないし》

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   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)屡※[#二の字点、1−2−22]《しばしば》
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     第一部

 明子は学校でポアンといふ綽名《あだな》で通つてゐた。ポアンは点だ、また刺痛だ。同時にそれが、ポアント(尖《さき》、鋭い尖)も含めて表はしてゐることが学校仲間に黙契されてゐた。特に彼女の場合、それは青いポアンであつた。
 明子はポアンといふ名に自分の姿が彫り込まれてゐるのに同感した。のみならず、この綽名を発見した或る上級生に畏怖《いふ》に似た感情を抱かずには居られなかつた。同時に敵手ともして。
 ――あの子は硬い一つのポアンよ。
 その上級生が或るとき蒼《あお》ざめて学友に言つた。そして色については次の様に言ひ足した。
 ――しかも青いポアンだわ。
 学友たちはどうしてこの少女が蒼ざめたのか知らなかつた。しかしこの奇妙な綽名は鋭敏な嗅覚《きゅうかく》の少女たちの間にすばやく拡つて行つた。この符牒《ふちょう》の裏にポアント――鋭い尖、の意味を了解したのも彼等独特の鋭い感応がさせる業《わざ》にほかならなかつた。
 その郊外の日当りのいい学園には沢山《たくさん》の少女たちが、自らの神経によつてひなひなと瘠《や》せ細りながら咲いてゐた。彼らの触手が学園のあらゆる日だまりに青い電波のやうに顫《ふる》へてゐた。その少女たちが蕁麻《いらくさ》の明子をどうして嗅《か》ぎつけずにゐよう。彼女らの或る者は嗅ぎつけない前に、この蕁麻に皮膚を破られて痛々しく貧血質の血を流した。
 明子は畸形《きけい》的に早い年齢に或る中年の男と肉体的経験を有《も》つてゐた。彼女自身にとつては全く性的衝動なしに為《な》し遂《と》げられたこの偶発事件は、彼女を肉体的にではなしに、精神的にのみ刺戟《しげき》したかの様であつた。混血の少女たちによく見られる蒼《あお》ざめた痿黄病《いおうびょう》的な症状が彼女を苦しめはじめた。とぎ澄された彼女の神経は容赦なく彼女自身のうちに他の少女たちと異つた要素や境遇を露《あら》はにした。神経は残酷
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